スラッシュ:手抜きのバロメーター?



スラッシュ「/」は、日付や分数、URLやフォルダのパスなどで使われています。文章中では「or」の代わりの記号とされているのですが、別の意味での使用例も増えています。このため、書き手には手軽で便利、読み手にはあいまいでわかりにくい、という状況が生じているようです。


目次

  1. スラッシュの大ブレイク
  2. スラッシュは手抜きの証拠?
  3. 『マイクロソフトスタイルマニュアル』も「or」のスラッシュに否定的

パソコンやスマートフォンなしでは、仕事も日常生活もままならない今日この頃、スラッシュ「/」を目にしない日はありません。かつての電話番号がURLに取って代わられる勢いで、テレビ・雑誌・ポスターなど、ありとあらゆる媒体にスラッシュが登場しています。

身近な記号の代表のひとつとも言えるスラッシュですが、その使い方には注意が必要です。

スラッシュの「or」以外の使い方については、本サイトの「スラッシュ:A/BはAかBかAとBか」もご覧ください。

1. スラッシュの大ブレイク

GrammarBook.comというサイトの『Thrash the Slash』(スラッシュをめった打ち)という記事に、スラッシュは大ブレイクした最初の句読点ではないか、と面白いことが書いてありました。

There have always been words that people use to show they’re cool—words like cool, which gained wide acceptance in the 1940s, . . . But now, perhaps for the first time, a punctuation mark is all the rage. It’s the forward slash, . . .

【訳】自分がクールであることを示すために使われる言葉、例えば「クール」、は常に存在します。「クール」は1940年代に広く受け入れられた言葉です。(…中略…)しかし今は、おそらく史上初めてのことだと思われますが、〔言葉ではなく〕句読点が、大流行しています。それはスラッシュです。(…以下略…)

【参考サイト】GrammarBook.com, “Thrash the Slash” (2017-10-12)

ネットを利用する限り、スラッシュは不可欠なものとなりました。しかし、熟達したライティングとはほとんど相容れないと言っています。メールやSNSでスラッシュが(本来の用途以外も含めて)盛んに使われていますが、それは、一時的な流行だという考え方です。

「or」以外の目的で使われている例を挙げてみます。

「or」以外の例意味(スペルアウト)用途
2/3two thirds分数
km/hkilometres per hour〜あたり、毎
10/15October 2015月/年
n/anot applicable短縮
w/owithout短縮
model/singermodel and singer

上半分の3項目はスラッシュ本来の使い方です。下半分の3項目は、スタイルガイドなどでは、オフィシャルな文章では避けるべきとされています。


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ロゴのスラッシュ

ここでちょっと時をさかのぼって、ロゴなどで使われているスラッシュを見てみましょう。

世界的なオーディオブランドであるハーマンカードンは、創立者Sidney HarmanとBernard Kardonの名前からとられました。テキストの中では「Harman Kardon」とスペースが入れられますが、ブランドロゴは「Harman/Kardon」とスラッシュが使われています。

このスラッシュは明らかに「or」の意味ではありませんね。意味的には「and」の代わりでしょう。

ブランド名は「harman and kardon」ではなく「harman kardon」なのですが、それをそのままロゴタイプにすると、スペースの部分がなんとなく間抜けになってしまいます。そこにスラッシュを入れることで、全体に一体感が生まれます。

ブランド名の由来を探し出すことができなかったのですが、想像するに、ブランド名(創立時の社名)を「and」を使わず「harman kardon」としたのは、ふたつの名前を緊密につなげるためではないでしょうか。ですからロゴタイプでは、スラッシュを使うことで、創始者ふたりの絆が表現されていると思います。

それから、次の例はかなり古いパソコンのOSとシリーズ名です。

「OS/2」は「Operating System/2」の略です。「2」は、第二世代を意味しています。次世代のOS、という意味が込められていたようです。OS/2の発売は1987年ですが、もし2000年初頭であれば「Operating System 2」という表記になっていたかもしれません。

「OS/2」を詳しく書くとすれば、「Operating System of Second Generation」とでもなるでしょうから、このスラッシュは「of」の意味を帯びた省略と言えるかもしれません。

「DOS/V」は「Disk Operating System/VGA」を略して作られた名称で、VGA対応のDOSということを表しています。仮にフルに書けば「Disk Operating System compatible with VGA」のような感じでしょうから、このスラッシュは、「compatible with」の代わりということになります。ただし、「DOS/V」を見た人が、そう解釈していたかはかなり疑わしいですが。

【画像の引用元】Marijn Krijger, “OS 2 Warp — Worldvectorlogo” (2019-04-16)




【画像の引用元】Wikimedia Commons contributors, “File:DOSV OADG logo.svg,” Wikimedia Commons, the free media repository (2019-04-16)

二つの単語を組み合わせたために間延びするのを避けて、製品名として締まった表現にするのにスラッシュは効果的だったと言えます。

しかし、いまあらためて見ると、スラッシュを使うのは当時の流行りだったのかなぁ、と思います。

現在、このスラッシュのような役目を果たしながら隆盛を誇っている手法は、なんと言ってもキャメルケース(camel case)でしょう。

スペースを省略して二つ以上の単語を結合し、それぞれの単語の頭を大文字にする表記の仕方です。盛り上がりがふたつあるのを、ふたこぶらくだになぞらえて「キャメルケース」と呼びます。プログラミングの命名規則などの影響で広まったのだろうと推測します。

キャメルケースによるロゴ

【画像の引用元】Marijn Krijger, “Laat me je rondleiden in de wereld van marketing”, http://marijnkrijger.nl/2013/02/camelcase/, (2017-10-13)


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Actor Slash Model

通常スラッシュは声に出しては読まれません。「actor/model」は、「actor model」と読みます。しかし、敢えて「actor slash model」と読み、さらに今度は、「actor slash model」とスラッシュも単語としてスペルアウトして書くことがあるそうです。

Mark is an actor and model.

Mark is an actor/model.

Mark is an actor slash model.

「and」「/」「slash」

米国のテレビドラマシリーズ『フレンズ』(Friends, 1994–2004)のセリフを紹介します。

けばけばしく化粧したジョーイが、今日から俳優モデルだ、というと、チャンドラーが、変だなぁ、オトコオンナかと思ったよ、とからかう場面です。ちょっと気取って使われた「スラッシュ」をうまく使った切り返しとなっています。

(Joey enters. His face looks abnormally colorful.)
Chandler: And this from the cry-for-help department. Are you wearing makeup?
Joey: Yes, I am. As of today, I am officially Joey Tribbiani, actor slash model.
Chandler: That’s so funny, ‘cause I was thinking you look more like Joey Tribbiani, man slash woman.

【引用サイト】WordReference Forums, “actor slash model [meaning?] ” (2017-10-13)

また、下の動画は米国のコメディ映画『ズーランダー』(Zoolander, 2001)のワンシーンですが、 俳優は「You consider me the best actor slash model…and not the other way around.」と「スラッシュ」も声に出しています。

【参考サイト】YouTube, “You consider me the best actor slash model…and not the other way around.”, from “Zoolander” (2017-10-13)

Decoded Scienceというサイトの『Slash as a Slang Word: Use and Significance』『The Chronicle of Higher Education』というサイトの「Slash: Not Just a Punctuation Mark Anymore」という記事には、大学生たちの間で「スラッシュ」が俗語となっていることが報告されています。

学生の多くは、スラッシュを一つの単語としてとらえていて、「my sister slash best friend」と声に出して「スラッシュ」と言うし、句読点「/」ではなく、「slash」とスペルアウトして書くというのです。

また、職業を訊かれたときに、スラッシュを使って複数の職業を答えるような、マルチに活動する人々を最近では「slashie」(スラッシー)と呼ぶようです。

I am a blogger/guitarist/programmer/salesperson.

「and」のスラッシュ

『Urban Dictionary』というサイトでは、ちょっと皮肉な定義を載せています。

slashie
A person who thinks their day job isn’t their real job: busboy/actor; waitress/actress; waiter/writer; cleaner/scriptwriter; singer/secretary

【参考サイト】Urban Dictionary, “slashie” (2017-10-13)


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2. スラッシュは手抜きの証拠?

ここまで、表記法からは少し脱線気味に説明してきましたが、このようにスラッシュの使われ方が、多様化していることがおわかりいただけたと思います。

先に紹介した『Thrash the Slash』という記事には、メモを取ったり、下書きをしたりするとき、「w/o」「y/o」「b/c」などの短縮のダッシュは、時間やスペースの節約のために便利な道具だが、最終稿ではスラッシュのない表現に直すべきだ、としています。

However, most slashes can—and should—be removed from a final draft. Writers who keep a construction like any man/woman in their finished work instead of replacing it with any man or woman are telling their readers, “I don’t have enough time or respect for you to write all this small stuff out.”

【訳】しかし、ほとんどのスラッシュは最終稿から除くことができるし、除くべきである。「any man/woman」のような構文を、「any man or woman」と置き換えずに完成品まで残すような書き手は、読者にこう言っているようなものだ。「ちまちまとスラッシュを言葉に書き直す時間も、あなたへの敬意も、持ち合わせていない」

【参考サイト】GrammarBook.com, “Thrash the Slash” (2017-10-12)

また、English Clubというサイトでは、スラッシュが書き手が怠けていることを暗示していると記されています。

Do not over-use the slash to indicate “or”. It can suggest laziness on the part of the writer.

【訳】「or」を示すためにスラッシュを使いすぎないように。書き手側が怠けていることがわかってしまうからだ。

【参考サイト】English Club, “Slash” (2017-10-12)

いずれも文章中でのスラッシュの使いすぎを戒める意見ですが、明瞭さに優先順位を置くべきスペックでも、当然同じことが言えると思います。


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3. 『マイクロソフトスタイルマニュアル』も「or」のスラッシュに否定的

マイクロソフト社発行の『マイクロソフトスタイルマニュアル』は、スラッシュ「/」を「or」の代わりに使うことを禁じています。

. . . . Localizers and non-native English speakers may not know whether the slash mark indictes a choice, indicates that the two words are synonyms, or indicates that the two words are part of a single construction, such as client/server.

【訳】(…前略…)ローカライズ担当者や英語を母国語としない人は、スラッシュ記号が選択を意味しているのか、2つの単語が言い換えであることを示しているのか、「client/server」のように一組であることを示しているか、がわからない可能性がある。

Do not use a slash mark as a substitute for or.

【訳】「or」の代替としてスラッシュ記号を使ってはならない。


Microsoft Corporation, “Microsoft Manual of Style (4th Edition)”, Microsoft Press, 2012 (201)

インタフェースで「/」が使われている時に、その言葉やボタンの説明のために「/」をつかわざるを得ない場合を除いて、ユーザーのアクションなどでは「or」を使うように規定しています。

Microsoft style
Click Automatic trapping to add or remove a check mark.

Not Microsoft style
Click Automatic trapping to add/remove a check mark.

また、組み合わせであることを表している単語の場合は、スラッシュを使うよう定めています。

Microsoft style

  • client/server
  • CR/LF, carriage return/line feed
  • on/off switch
  • read/write

「client/server」「on/off」などは、辞書の見出しなどでは、ハイフンでつながれて「client-server」「on-off」となっています。

コンピューター関連分野ではコンビネーションを示す用語にスラッシュを使うことが多く、また、コンビネーションを示す用語の数自体も多いです。そのため、組み合わせを表す場合はスラッシュを使う、という『マイクロソフトスタイルマニュアル』のルールは、コンピューター関連分野ならではことでしょう。

そういう意味でも、安易にスラッシュを使わず、できるだけ「or」「and」「either A or B or both」のように書き表すという姿勢は、スペック編集の際にも求められると思います。

『マイクロソフトスタイルマニュアル』(Microsoft Manual of Style)については、このサイトの参考資料をご覧ください。

お読みいただきありがとうございます。気が向いたらまた遊びに来てください。

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