ところ変われば:Appleの場合(2)


アップル社のMacBook Proの同一モデルのスペック表記が、国・地域によって少しずつ異なっているので、比べてみました。モデルは2017年6月発売のMacBook Pro 13インチです。市場に応じて製品スペックを変えてるというわけではなくて、同じスペック値の表記の仕方に違いが見られます。

【前回の投稿はこちら】ところ変われば:Appleの場合(1)


目次

  1. 文の構造
  2. コンマ「,」の意味
  3. オーストラリアのこだわり
  4. コンマより大きな区分はセミコロン「;」
  5. 「GHz」「MB」とスペース

次の4地域向けサイトの仕様ページ(Tech Specs)を比べました。

「Processor」(プロセッサ)の項目を見てみましょう。オーストラリアサイトだけ、他の3サイトと異なっています。表記が異なる箇所にマーカーを引きました。

MacBook Pro スペック:Processor

アメリカ合衆国サイト・英国サイト・香港サイト
Macbook Pro プロセッサ(US)

オーストラリアサイト
Macbook Pro プロセッサ(オーストラリア)


目次に戻る

1. 文の構造

オーストラリアサイトのCを見てみると、他の地域向けサイトでは「,」と「, with」となっているところが、「with」と「and」になっています。

まず、オーストラリアサイトの方をもう少し詳しく調べてみましょう。この記述の構造をわかりやすくするために、性能を表す数値部分「2.3GHz dual-core」「up to 3.6GHz」「64MB of」を省いてみます。そうすると「Intel Core i5」「Turbo Boost」「eDRAM」が下記のように「with」と「and」で結ばれている様子が見えてくると思います。

Intel Core i5 with Turbo Boost and eDRAM

「Intel Core i5」はパソコンの頭脳とでもいうべきCPUのブランド名です。「Turbo Boost」はCPUの性能を有効活用するための機能名です。また、「eDRAM」は記憶部品の一種です。つまり、「Intel Core i5 with Turbo Boost and eDRAM」は、「『Turbo Boost』という機能と『eDRAM』という記憶部品を備えた『Intel Core i5』というCPU」という意味になります。

Turbo BoosteDRAMを備えたIntel Core i5

図に表すと下のようになります。

文の構造:オーストラリア(withとand)


目次に戻る

2. コンマ「,」の意味

次にアメリカ合衆国サイトのCを見てみましょう。

オーストラリアの時と同じように説明部分を省くと次のような構造が見えてきます。

Intel Core i5, Turbo Boost, with eDRAM

一見、「X, Y, and Z」という構造のようです。「X, Y, and Z」は、「XとYとZ」という意味になります。普通は「X、Y、ならびにZ」などと訳します。[1]

実際には「and」ではなく「with」と書かれていますので、3つの要素を列挙しているのではありません。では、どういう構造になっているのか。

「with」の前のコンマ「,」に着目してみます。もし「Turbo Boost, with eDRAM」のコンマがなければ、「Turbo Boost with eDRAM」となります。「eDRAM(メモリ装置)を備えたTurbo Boost(機能)」と訳せますが、実際の機能・部品の働きとは違っているので、意味をなさない記述となってしまいます。

それではこのコンマは何なのでしょうか。そのコンマは「Turbo Boost」の前のコンマと対になっています。つまり「Turbo Boost」を両側からはさんでいると考えられます。

Intel Core i5, Turbo Boost, with eDRAM

英国の『オックスフォード・スタイルマニュアル』では、コンマのさまざまな使い方のひとつとして、次のような記述があります。

The comma segregates elements that are not an essential part of the sentence, often parenthetical or prepositional phrases. . . . 

【訳】コンマは、文の重要でない部分(多くの場合、挿入句や前置詞句)を隔離する。

R. M. Ritter, The Oxford Style Manual (Oxford: Oxford University Press – 2003)  (項目5.3からの抜粋)

これはどういうことかというと、次の例文の「2.」にあたります。「1.」と「2.」の違いは、「dressed in black」がコンマにはさまれているか、いないか、ということです。

  1. The man dressed in black mingled with the crowd.
    黒装束の男は、群衆に紛れ込んでしまった。
  2. The man, dressed in black, mingled with the crowd.
    その男(黒装束だった)は、群衆に紛れ込んでしまった。

「1.」は、男が黒い服を着ていることが重要で、白でも赤でもない「黒い服を着た人物が」群衆に紛れていったことを述べています。「dressed in black」を「dressed in red」に変えると、全く別の人物になり、文の意味が変わってしまいます。

一方、「2.」の文は、「, dressed in black, 」がなくても成り立ちます。この文が言いたいことは「その男が群衆に紛れ込んだ(The man mingled with crowd.)」ことです。その男がたまたま黒い服を着ていたことは補足的な情報です。

主語述語を伴ってはいませんが、「Intel Core i5, Turbo Boost, with eDRAM」も同じような構造になっていると考えるとすっきりすると思います。つまり、「Intel Core i5 with eDRAM」という句に「Turbo Boost」が挿入された、と解釈することができます。

文の構造:アメリカ合衆国(コンマとwith)

英語ではコンマを使って表現しますが、日本語では丸括弧でくくってみると意味がわかりやすくなる場合もあります。

eDRAMを備えたIntel Core i5Turbo Boost機能搭載)

実際、アップル社の日本のサイト[2]では次のように括弧を使って書かれています。

MacBook Pro スペック(日本):プロセッサ


目次に戻る

3. オーストラリアのこだわり

このように分析しておきながらアレですが、アメリカ合衆国サイトのこの部分を書いた人が、実際にこのような構成を意識していたかどうかは確かめることはできません。もしかすると「プロセッサは、2.3GHzデュアルコアのIntel Core i5でぇ、コンマ。Turbo Boostが動作すると最大3.6GHzまでクロックアップするしぃ、コンマ、と。あ、それと、64MBのeDRAMも付いてるんだった」と、要素を並べただけかもしれません。句読法にのっとった適正な記述になっているかどうかを吟味せずに。

2.3GHz dual-core Intel Core i5, Turbo Boost up to 3.6GHz, with 64MB of eDRAM.

アメリカ合衆国サイトの記述は、以上の考察を経たうえで見直しても、なんとなく推敲を途中で止めてしまったような、どこか未完成な感じがぬぐえません。オーストラリアサイトの方が合理的で整理されているように思います。全くの想像ですが、これを見たオーストラリアのライターさんも、我慢できなくなって手直しをしたのかもしれません。

2.3GHz dual-core Intel Core i5 with Turbo Boost up to 3.6GHz and 64MB of eDRAM.


目次に戻る

4. コンマより大きな区分はセミコロン「;」

次にDを見てみましょう。

アメリカ合衆国サイトで「,」「, with」となっている箇所が、オーストラリアサイトでは「with」「and」となっている点については、前述の「1. 文の構造」「2. コンマ「,」の意味」で説明したとおりです。

そこで、このDで特徴的な部分に焦点をあててみます。「Turbo Boost」と「eDRAM」に関する要素を省略して、下記のように単純化してみました。「Intel Core i5とTurbo Boost最大3.7GHz、またはIntel Core i7とTurbo Boost最大4.0GHz、のいずれかの組み合わせに変更可能」という内容にしています。

【アメリカ合衆国サイト】
Configurable to Intel Core i5, Turbo Boost up to 3.7GHz; or Intel Core i7, Turbo Boost up to 4.0GHz

【オーストラリアサイト】
Configurable to Intel Core i5 with Turbo Boost up to 3.7GHz, or Intel Core i7 with Turbo Boost up to 4.0GHz

アメリカ合衆国が「; or」とセミコロンを使っているのに対し、オーストラリアは「, or」とコンマを使っています。

アメリカ合衆国のセミコロン「;」の使い方について、『GrammarBook.com』というサイトにわかりやすい説明と例文がありますのでご紹介します。

Rule: Also use the semicolon when you already have commas within a sentence for smaller separations, and you need the semicolon to show bigger separations.
Example: We had a reunion with family from Salt Lake City, Utah; Los Angeles, California; and Albany, New York.

【訳】
ルール:また、ひとつの文の中で、小さく分けるために既にコンマを使っている場合は、それより大きく分けるためにはセミコロンを使う。
文例:ユタ州ソルトレイクシティ・カリフォルニア州ロサンジェルス・ニューヨーク州アルバニーの家族と再会しました。

【参考サイト】GrammarBook.com, “Using Commas, Semicolons, and Colons Within Sentences

この例文では、「Salt Lake City, Utah」「Los Angeles, California」「Albany, New York」という3つの場所を表すために、それぞれコンマが使われています。そのため、この3つを列挙するためにコンマを使うと、小さな区分と大きな区分がわかりにくくなります。この場合はセミコロンを使うことで、2層構造の区分がはっきりします。つまり、コンマで分けられている要素を列挙するときは、セミコロンを使います

コンマより大きな区分はセミコロン

オーストラリアサイトの方は、オリジナルの文の要素を記号に替えて構造をわかりやすくすると、「Configurable to U with V and W, or X with Y and Z」となります。

もし要素がもっと単純で、「U with V and W」が「U」だけ、「X with Y and Z」が「X」だけであれば、「Configurable to U or X」のようにコンマは不要です。しかし、実際は選択肢が比較的長いため、コンマを追加することで、選択肢の区切りをわかりやすくしています。


目次に戻る

5. 「GHz」「MB」とスペース

ところで、『シカゴマニュアル』などスタイルガイドや、SI単位系の資料などでは、数字と単位の間はスペースを入れることが推奨されています。しかし、アップル社のこのページでは、「2.3GHz」「64MB」などにスペースがありません。一方「kg」「mm」の場合はスペースが入れられています。

慣習なのか流行なのかはわかりませんが、特にIT業界でこのような表記が多いようです。これについては別の機会に調べてみたいと思います。

『シカゴマニュアル』(The Chicago Manual of Style)と『オックスフォード・スタイルマニュアル』(The Oxford Style Manual)については、このサイトの参考資料をご覧ください。

数値と単語の間のスペースについては、本サイトの「スペース:間が大事」ページをご覧ください。


[1] もし仮に「プロセッサ」の項に、「Intel Core i5, Turbo Boost, and eDRAM」と書かれているとすれば、「Intel Core i5」「Turbo Boost」「eDRAM」という名前の3つの部品が、「13-inch model」のプロセッサとして搭載されている、と受け取られる可能性があります。しかし、その3つの構成要素はそれぞれ、「CPU」「そのCPUに搭載されている機能」「CPUのパッケージに組み込まれているメモリ」ですので、並列的に列挙するのは実態にそぐわない表記と言えるでしょう。

[2] Apple(日本)「MacBook Pro – 仕様」(2017-8-12)

お読みいただきありがとうございます。気が向いたらまた遊びに来てください。