ところ変われば:Appleの場合(3)


アメリカ合衆国の国名は「US」と「U.S.」のどちらにすべきか。「four keys」とすべきか「4 keys」とすべきか。など表記の仕方にはいくつかのスタイルがあります。アップル社のサイトは、国・地域にの事情に応じて、選択がまかされているようです。

【前回の投稿はこちら】ところ変われば:Appleの場合(2)


目次

  1. 「U.S.」vs「US」:略語のピリオド
  2. オックスフォードコンマ
  3. 「full-size」か「full-sized」か
  4. コンマの意味
  5. 数字のスペルアウト

アップル社のMacBook Proの同一モデルのスペック表記が、国・地域によって少しずつ異なっているので、比べてみました。モデルは2017年6月発売のMacBook Pro 13インチです。製品スペック自体は同じなのですが、市場に応じてスペック値の表記の仕方や文章スタイルに違いが見られます。

次の4地域向けサイトの仕様ページ(Tech Specs)を比べました。

「Keyboard and Trackpad」(キーボードとトラックパッド)の項目を見てみましょう。市場によって表記が異なる箇所にマーカーを引きました。

MacBook Pro スペック:Keyboard and Trackpad

アメリカ合衆国サイト
Macbook Pro キーボード(US)

英国サイト
Macbook Pro キーボード(UK)

オーストラリアサイト
Macbook Pro キーボード(オーストラリア)

香港サイト
Macbook Pro キーボード(香港)


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1. 「U.S.」vs「US」:略語のピリオド

まずEを見てみましょう。アメリカ合衆国サイトが「U.S.」となっているのに対し、英国サイト・オーストラリアサイトが「US」となっています。また、香港サイトは「ANSI」となっています。

スペック中の「78」「79」「64」「65」はキーの数で、「U.S.」「US」「ANSI」「ISO」はキー配列の種類です。実は、これらのキー配列のうちの「U.S.」「US」「ANSI」は、同じキー配列のことです。「ISO」キー配列と、「U.S./US/ANSI」キー配列とでは、キーの総数、エンターキーの形状・配置など幾つかの点で異なっています。[1]

では何故、同じキー配列なのに、アメリカ合衆国、英国・オーストラリア、香港で異なる表記になっているのでしょうか。

まず、「U.S.」と「US」について調べてみましょう。「U.S.」「US」は「合衆国」を意味する「the United States」の頭文字をとった略語です。この略語にピリオド「.」をつけるのか、つけないのか、ということについては、米国Q&Aサイトなどでも頻繁に質疑応答が繰り返されています。

これが正しい、という決定的なルールはない、と言えるのですが、『ThoughtCo』というサイトにわかりやすい説明がありましたのでご紹介します。

In general, newspaper style guides in the U.S. (in particular, the Associated Press Stylebook and The New York Times Manual of Style and Usage) recommend U.S. (periods, no space).* In headlines, however, it’s US (no periods). And the abbreviated form of ​United States of America is USA (no periods).
Scientific style guides say to omit periods in capitalized abbreviations, thus US and USA (no periods, no spaces).
 . . . 
*Note that British style guides recommend US (no periods, no space) in all cases: . . . 

【訳】総じて、米国の新聞系スタイルガイド(中でも『Associated Press Stylebook』と『The New York Times Manual of Style and Usage』)は「U.S.」(ピリオド有り・スペース無し*)を推奨しています。ただし、見出しの中では「US」(ピリオド無し)が推奨。また、「United States of America」の略語は「USA」(ピリオド無し・スペース無し)としています。
自然科学系スタイルガイドでは、大文字の略語ではピリオドを省くとしているので、「US」「USA」(ピリオド無し・スペース無し)となります。
(…中略…)
*英国のスタイルガイドは、すべての場合で「US」(ピリオド無し・スペース無し)を推奨しています。(…以下略…)

【参考サイト】ThoughtCo, “What’s the Preferred Way to Write the Abbreviation for ‘United States’?

MacBook Proのアメリカ合衆国サイトは、新聞系のスタイルガイドにしたがってピリオド付きの「U.S.」としているのでしょう。一方、英国、イギリス連邦(Commonwealth of Nations)に属するオーストラリアでは、ピリオド無しの「US」と表記しているわけです。

アメリカ合衆国のスタイルガイドでも、『シカゴマニュアル第16版』は、大文字の略語にはピリオドを使わない、つまり「US」としています。

さて、香港もかつては英国に統治されていたので「US」とすべきでしょうが、「ANSI」となっています。

「ANSI」は「American National Standards Institute(米国国家規格協会)」の略語です。ANSI規格は、日本のJIS規格の米国版と考えればいいでしょう。また、「ISO」は「International Organization for Standardization(国際標準化機構)」の略語で、日本のJISC・米国のANSI・ドイツのDINなども参加している、世界共通の規格を発行する団体です。

つまり、香港サイトのライターさんは、国名「US」と規格標準化組織名「ISO」が並んでいるのに違和感を持ったのでしょう。同じく組織名の「ANSI」と並べた方が合理的である、と判断したのではないか、と推測します。

頭文字とピリオド:U.S.とUS


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2. オックスフォードコンマ

次にFの「, and」と「and」の違いです。「… Force clicks, accelerators, pressure-sensitive drawing, and Multi-Touch gestures」の箇所の構造を単純化すると次のようになります。

米国サイト
A, B, C, and D
英国サイト
A, B, C and D

3つ以上の要素を列挙する場合、最後の要素の前に「and」を入れます。米国では「and」の前にコンマを入れるのが一般的で、英国ではコンマを入れないと教わることが多いようです。

ただ、英国のオックスフォード大学出版局は、曖昧さを避けるためという理由から、コンマを入れるスタイルを1世紀以上貫いています。そのため、このコンマは「オックスフォードコンマ」(Oxford comma)とも呼ばれています。米国で一般的な「and」の前のコンマの呼び名が「オックスフォードコンマ」なのがおもしろいです。このコンマは、他に「serial comma」「series comma」「Harvard comma」ともいいます。

また、新聞系のスタイルガイドはオックスフォードコンマを使わないことを推奨しているようです。[2]

オックスフォードコンマ


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3. 「full-size」か「full-sized」か

Gは、オーストラリアサイトだけが、「size」の後ろに「d」が付いた「full-sized」になっています。「full-size」と「full-sized」にはどういう違いがあるのでしょうか。

full-size or full-sized

オンライン辞書の『Merriam-Webster』には、「full-size」は次のように定義されていて、例として「a full-size keyboard」が挙げられています。

having the usual or normal size of its kind

【訳】その種類の通常または規定の大きさの

【参考】Merriam-Webster, “full-size
(2017-8-19)

別のオンライン辞書の『Cambridge Dictionary』では、「full-size」と「full-sized」の意味の違いが見られます。

「full-size」には、次のような説明と例文があります。

of the normal size, not of a reduced size:
The company’s latest mini-netbook comes with a full-size keyboard.

【訳】縮小されていない規定の大きさの:
(例文)その会社のミニネットブックはフルサイズキーボードを搭載している。

【参考】Cambridge Business English Dictionary © Cambridge University Press, “full-size” (2017-8-19)

一方「full-sized」では、次のように定義されています。

larger than other things of the same type:
They bought a full-sized station wagon.

【訳】他の同タイプのものよりも大きな:
(例文)彼らはフルサイズのステーションワゴンを買った。

【参考】Cambridge Business English Dictionary © Cambridge University Press, “full-sized” (2017-8-19)

「full-size」と「full-sized」のニュアンスの違いの別の解釈を、英語についてのQ&Aサイト『English Language & Usage Stack Exchange』で見つけましたのでご紹介します。

. . . . Both they have slightly different emphases. “Full-size” indicates that it is of the right size, while “full-sized” may additionally imply that it was deliberately made to that size. . . .

【訳】(…前略…)それぞれの強調点がわずかに異なっています。「full-size」は正しいサイズであることを示していますが、「full-sized」の方は、あえてその大きさにしたことも暗示されているかもしれません。(…以下略…)

【参考】English Language & Usage Stack Exchange, “Which would you use: full-size, full-sized, full size or full sized?
(2017-8-19)

結局のところ、オーストラリアのライターさんが「full-sized」に変えた真意は知ることはできません。Cambridge Dictionaryにある意味の違いを踏まえているかもしれませんし、別の理由があるのかもしれません。[3]


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4. コンマの意味

では次に、Hを見てみましょう。これもオーストラリアサイトだけが、他の3地域とは異なっています。オーストラリアだけが「including」の前にコンマを入れています。

ページトップのスクリーンキャプチャは、スペックの一部分だけを抜き出したものですので補足しますと、左が「Touch Bar」という機能を搭載していないモデルで、右が「Touch Bar」搭載モデルのスペックです。左のモデルを見ると、キーボードを「78 (US)」タイプと「79 (ISO)」タイプの2種類から選択できることがわかります。

「12 function keys」というのは「F1」から「F12」までのファンクションキーで、「4 arrow keys」というのは、キーボードの右下に配置されている4個の矢印キー(「←」「→」「↑」「↓」)です。

ですから、キーボードの選択肢を厳密に書くと次のようになります。

  • 78 (US) including 12 function keys and 4 arrow keys
    【訳】12個のファンクションキーと4つの矢印キーを含む合計78キーのUSキーボード
  • 79 (ISO) including 12 function keys and 4 arrow keys
    【訳】12個のファンクションキーと4つの矢印キーを含む合計79キーのISO配列キーボード

これをまとめて「78 (US) or 79 (ISO) 」としたときに、「including」以下の内容が「78 (US)」と「79 (ISO)」の両方の補足説明なのか、「79 (ISO)」だけの補足説明なのか、読者が迷う可能性があります。それをオーストラリアのライターさんは嫌ったのかもしれません。コンマを追加することで、「including」以下の内容が「78 (US)」と「79 (ISO)」の両方の補足であることが明確になると判断したのでしょう。

includingの前のコンマ


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5. 数字のスペルアウト

I の箇所もオーストラリアサイトだけが、他の3地域と異なります。他の地域がアラビア数字の「4」を使っているのに対し、オーストラリアが「four」とアルファベットで表記(スペルアウト)しています。

数に関する英語の表記には、こまかなルールがいろいろとあるのですが、ここでは I に関連する情報のみスタイルガイドからピックアップしてみます。

『シカゴマニュアル』では、技術的でない分野では、0から100までの整数とその端数のない倍数はスペルアウトした方がいい、としています。また、自然科学分野または新聞雑誌を含む多くの出版物では別のルールがあり、0から9はスペルアウトして、それ以外はアラビア数字で表すということも書かれています。

『オックスフォードスタイルガイド』は技術的でない分野では、100未満はスペルアウトし、技術関係では、10未満はスペルアウトすることを推奨しています。

また、『マイクロソフトスタイルマニュアル[4]』は、本文中の0から9まではスペルアウトする、としています。

ただし、読みやすさと整合性に留意しながら、単位との組み合わせ・前後の文に出現する数字など、様々な条件に応じたアプローチが必要であることが、いずれのスタイルガイドにも記されています。

ですから、オーストラリアサイトは、0から9はスペルアウトする、という原則に従ったものと考えられます。一方、他の地域は、同じ文の中に「78」「79」「12」と数字が含まれていることから、整合性に重きを置いたのでしょう。

数字とスペルアウトのルール

『シカゴマニュアル』(The Chicago Manual of Style)と『オックスフォード・スタイルマニュアル』(The Oxford Style Manual)については、このサイトの参考資料をご覧ください。


[1] 【参考】Ask Different, “Difference between US QWERTY and International QWERTY Apple keyboards?”(2017-8-18)
Ultimate Hacking Keyboard, “ANSI or ISO? Which keyboard layout is more ergonomic?”(2017-8-18)

[2] デジタルメディカルコミュニケーションズ(DMC株式会社) 『シリアルコンマの使い方』(2017-8-18)

[3]Google Ngram Viewer」というツールで調べると「full-sized」の方が「full-size」よりも多く使われてきたことがわかります。「Google Ngram Viewer」で「full-sized」の出現頻度が調べられることは、本文中で紹介した「English Language & Usage Stack Exchange」の 『Which would you use: full-size, full-sized, full size or full sized?』で紹介されていました。また、「Google Ngram Viewer」については、わいひら(yhira)さんの「寝ログ」の記事『西暦1500年頃から現在までのトレンドキーワードを調べることができるGoogleツール』をご参照ください。

[4] Microsoft Corporation, “Microsoft Manual of Style (4th Edition)”, Microsoft Press, 2012

お読みいただきありがとうございます。気が向いたらまた遊びに来てください。

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