ところ変われば:Appleの場合(8)


「ゼロ」は単数でしょうか、複数でしょうか。小数はどうでしょう。「0 degree」なのか「0 degrees」なのか。「0.3 inch」なのか、「0.3 inches」なのか。英語を母国語にする人にとっても頭を悩ませる問題のようです。アップル社のMacBook Proスペック表記にも対応の違いが見られます。

【前回の投稿はこちら】ところ変われば:Appleの場合(7)


目次

  1. 小数は単数?複数?
  2. ポンドは「lb」「lb.」「lbs.」?
  3. インチ・フィートはスペルアウトが好ましい?

アップル社のMacBook Proの同一モデルのスペック表記が、国・地域によって少しずつ異なっているので、比べてみました。モデルは2017年6月発売のMacBook Pro 13インチです。製品スペック自体は同じなのですが、市場に応じてスペック値の表記の仕方や文章スタイルに違いが見られます。

次の4地域向けサイトの仕様ページ(Tech Specs)を比べました。

「Size and Weight」(サイズと重量)の項目を見てみましょう。市場によって表記が異なる箇所にマーカーを引きました。

MacBook Pro スペック:Size and Weight

アメリカ合衆国サイト
Macbook Pro サイズと重量(US)

英国サイト
Macbook Pro サイズと重量(UK)

オーストラリアサイト
Macbook Pro サイズと重量(オーストラリア)

香港サイトのこの項目は、オーストラリアサイトと同じなので今回は省略しました。


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1. 小数は単数?複数?

 S を見てみましょう。単位のインチを、英国サイトだけが複数形「inches」にしています。「0.59 inch」と「0.59 inches」のどちらが正しいのでしょうか。


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「−1〜1は単数形(0を除く)」派

「0」を除いて、−1以上1以下をすべて単数形にする考え方です。

-1から1までは単数形(0を除く)

マイクロソフト社発行の『マイクロソフトスタイルマニュアル[1]』には、次のように書かれています。

When units of measure are not abbreviated, use the singular for quantities of one or less, except for zero, which takes the plural.

【訳】測定単位が短縮表示されない場合、1以下の量には単数形を使います。ただし、ゼロは複数形にします。


Microsoft Corporation, “Microsoft Manual of Style (4th Edition)”, Microsoft Press, 2012 (156)

そして、マイクロソフトの記述スタイルとして以下が例示されています。

  • 0.5 inch
  • 0 inches
  • 5 inches

また、『テクニカルライティングの基礎(The Elements of Technical Writing)』には、「half a tons」と言わず「half a ton」と言うのと同様に「0.8 ton」とすべきとして、以下の例がリストアップされていÂます。

  • 0.9 pound
  • 0.3 centimeter
  • 0.44 cube foot
  • 0.5 cup of coffee
  • 0.25 inch
  • 0.8 kilometer
  • ¼ mile


Gary Blake & Robert W. Bly, “The Elements of Technical Writing”, Longman Publishers, 1993 (156)

『WordReference Forums』というサイトの投稿には、−1から1の間は単数形にすることを推奨しているスタイルガイドとして、『National Physical Laboratory (NPL)』『U.S. Government Printing Office Style Manual』『National Geographic style manual』『Swan’s Practical English Usage』などが挙げられています。

【参考】
WordReference Forums, “Decimals: plural/singular?” (accessed August 29, 2017).


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「整数1以外は複数形」派

一方、スタイルガイドの推奨とは逆に、普段は小数も複数形にしている、という人が多いようです。その理由として次が挙げられています。

  • 単数は「1」「one」のみ。それ以外はすべて複数だから。
  • 「0.5」は「0.1」が5つ、すなわち複数だから。

これに従うとマイナス1も複数となります。「マイナス1度」は「minus one degrees」となります。ただし、「零下1度」という言い方の場合は「one degree below zero」と単数形になります。

さらに、整数の1だけが単数ですので、小数である「1.0」は複数となります。

整数1以外は複数形

つまり、英国サイト(ライターさん)は「整数1以外は複数形」派、それ以外の国・地域は「整数1以外は複数形」派ということなのでしょう。


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ゼロは複数形

英語では「zero apples」「0 apples」のように、ゼロの物は複数形にします。その根拠として幾つかの考え方があります。

  • 「I have no apples」の「no」と「zero」は同じ意味だから。
  • 単数は「1」「one」のみ。それ以外はすべて複数だから。
  • そこに存在したかもしれないものが無いから「zero」。そして、そこに存在したかもしれないものは、ひとつとは限らないから複数。
  • 「zero」は英語にとって17世紀ごろの外来語で、その当時から複数形にするルールだったから。

【参考】
Quora, “Why is 0 plural?” (accessed August 29, 2017).
English Language & Usage Stack Exchange, “Why is “zero” followed by a plural noun?” (accessed August 29, 2017).

ゼロは複数形


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2. ポンドは「lb」「lb.」「lbs.」?

 T では、アメリカ合衆国サイトは重さの単位ポンド(pounds)を主にしていて、他の国・地域はキログラム(kg)を主にしています。他の項目を見ても、アメリカ合衆国サイトだけ、サイズの単位で、インチ(inch)を主、センチ(cm)を従にしています。その理由は、米国では長さの尺度はインチ・フィート、重さはオンス・ポンドが主に使われているからです。

ポンド(pound)の省略形は「lb」またはピリオドをつけて「lb.」です。「1」以外の数値には、「lbs」「lbs.」と複数形の「s」をつけたり、つけなかったりマチマチです。科学技術系では一般にピリオドも「s」も付けません。また、英国では、「s」は付けません。近年ではピリオドも付けない傾向にあるようです。

小数に単数形の「s」をつけるかどうかを含めると、次のようにバリエーションが多くなってしまいます。混乱・不統一を避けるために、自社製品のスペック表記のガイドラインで定めておく必要があるでしょう。

ピリオド・複数形:lb・lb.・lbs

なお、キログラムとポンドの関係は以下のとおりです。

1 kg ≈ 2.20462 lb
1 lb = 0.45359237 kg


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3. インチ・フィートはスペルアウトが好ましい?

メートル法(または国際単位系)の単位は「cm」「kg」と記号で表示されていますが、ヤードポンド法の単位「inches」「pounds」はスペルアウトされています。インチは「in」「in.」、ポンドは「lb」「lbs」「lb.」「lbs.」という省略形がありますが、それは使われていません。

『APスタイルブック[2]』の「寸法(dimensions)」の項には、次の記述があります。

dimensions Use figures and spell out inches, feet, yards, etc., to indicate depth, height, length and width. . . .

【訳】寸法 奥行き・高さ・長さ・幅を示すには、数字を使い、インチ・フィート・ヤードなどをスペルアウトする。(…以下略…)


The Associated Press Stylebook and Briefing on Media Law 2017
(New York: Basic Books – 2017) (83ページ)

「cm」「kg」は国際単位系(SI)の「記号」であるのに対し、「in」「lb」は「省略形」の意味合いが強いのではないでしょうか。略語を意味するピリオドを付けたり、複数形の「s」を付けたり、表記が揺れているのもそのせいかもしれません。

次のようなルールがあるのかもしれないと仮説をたててみました。

  • ポンドヤード法の単位は単語として扱う(スペルアウトする)。
  • メートル法は単位記号を使う。

「inch」や「pound」をスペルアウトすれば、複数形の「s」を付けるか付けないかだけ注意するだけでよく、表記がバラつくことがありません。メートル法の単位記号は、その前にどんな数値が来ようと常に表記は変わりません。表記のバラつきをなくすという点では合理的なルールに思えます。

ただ、ひとつ上の項「Electrical and Operating Requirements」では、フィートとともにメートルもスペルアウトされています(ところ変われば:Appleの場合(7)参照)。なぜ「3,000 m (10,000 feet)」と書かないのか。英国ではまだ「m」が「metres」ほど浸透していないのでしょうか。どなたかおわかりでしたらお教えいただけるとありがたいです。

metreだけスペルアウトはなぜ?


[1] Microsoft Corporation, “Microsoft Manual of Style (4th Edition)”, Microsoft Press, 2012

[2] 「米国のAP通信が編纂・発行するスタイルガイドで、(…中略…)英語圏では放送・雑誌などの報道関係者のみならず、教育機関や一般企業の広報宣伝部門でも広く使われるようになった。」
【引用サイト】ウィキペディアの執筆者. “APスタイルブック”. ウィキペディア日本語版. 2017-08-31.

お読みいただきありがとうございます。気が向いたらまた遊びに来てください。

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