ところ変われば:Appleの場合(1)


アップル社サイトの製品スペックのページは、国・地域ごとに少しずつ調整されています。例えば、米国スペルと英国スペル。米国サイトは「color」ですが、英国・オーストラリアなどでは「colour」となっています。よく見ていくと他にもいろいろと興味深い点が確認できます。


目次

  1. 米国スペリング・英国スペリング
  2. 掛け算記号は「×」で入力
  3. 「×」とスペース
  4. 「×」の前後にスペースがない理由
  5. 「-by-」と「 by 」

この記事は2017年8月8日に公開した内容に対し、2018年7月20日に加筆・修正しました。


アップル社のMacBook Proの同一モデルのスペック表記が、国・地域によって少しずつ異なっているので、比べてみました。モデルは2017年6月発売のMacBook Pro 13インチです。製品スペック自体は同じなのですが、市場に応じてスペック値の表記の仕方や文章スタイルに違いが見られます。

次の4地域向けサイトの仕様ページ(Tech Specs)を比べました。

「Retina display」(レティーナディスプレイ)の項目を見てみましょう。市場によって表記が異なる箇所にマーカーを引きました。

Macbook Pro スペック:Display

アメリカ合衆国サイト
Macbook Pro ディスプレイ解像度(US)

英国サイト
Macbook Pro ディスプレイ解像度(UK)

オーストラリアサイト
Macbook Pro ディスプレイ解像度(オーストラリア)

香港サイト
Macbook Pro ディスプレイ解像度(香港)


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1. 米国スペリング・英国スペリング

まずAを見てみましょう。アメリカ合衆国サイトと香港サイトが「color」「colors」となっているのに対し、英国サイトとオーストラリアサイトが「colour」「colours」となっています。これは米国式スペリングと英国式スペリングの違いです。

米国式が「⁓or」となっている箇所を英国式では「⁓our」と綴る単語の例をいくつか挙げてみます。

米国式英国式意味
colorcolour
honorhonour名誉
favorfavour好意
laborlabour労働
neighborneighbour隣人
harborharbour

オーストラリア・ニュージーランド・カナダなど、イギリス連邦(Commonwealth of Nations)に属する国々では、英国式スペリングを基本としています。かつてイギリス領だった香港向けのスペックが、米国式スペリングになっているのが興味深いです。香港で発行されている英字新聞「South China Morning Post」紙のサイトなどを見ても英国式になっています[1]ので、なにか事情があるのかもしれません。


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2. 掛け算記号は「×」で入力

次にBのディスプレイの解像度ですが、アメリカ合衆国・オーストラリア・香港は、解像度を前置詞「by」を使っています。例えば紙の寸法を「8インチかける10インチ」と表現することがありますが、英語で「4 inches by 5 inches」と書きます。その「by」です。また、「8″ × 10″」の読み方は「eight inches by ten inches」(エイト インチズ バイ テン インチズ)です。

英国サイトだけが「かける」を小文字の「x」を使って表記しています。「2560×1600」は、水平2560画素・垂直1600画素であることを示しています。つまり、「水平画素数×垂直画素数(ヨコ×タテ)[2]」という書き方になっています。

このような場合、主なスタイルガイドでは、小文字のエックス「x」ではなく、正しい掛け算記号「×」を使うよう勧めています。HTML文書で掛け算記号を入力する時は、文字実体参照の「×」を入力すると、ブラウザで「×」が表示されます。

画面解像度例


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3. 「×」とスペース

ところで、「2560x1600」を掛け算記号と入れ換えて「2560×1600」としても、タイポグラフィの面から検討すべき点がもうひとつあります。それは数字と「×」の間にスペースがないことです。

『シカゴマニュアル第16版』の数学の文字組みに関する章には、次のような記述があります。

Basic spacing in mathematics. . . . Signs for binary operations (i.e., conjunctions); symbols of integration, summation, or union: and signs for binary relations (i.e., verbs) are preceded and followed by medium spaces: . . .

【訳】数学における基本的なスペーシング(…中略…)(接続詞的な)二項演算の記号、積分・総和・和集合の記号、(動詞的な)二項関係の記号は、その前後にミディアムスペースをともなう:(…以下略…)


The Chicago Manual of Style, 16th Edition
(Chicago and London: The University of Chicago Press – 2010) (項目12.16から抜粋)

二項演算には、足し算・引き算・掛け算・割り算なども含まれます。ミディアムスペースの詳細は省略しますが、通常のスペースと同じ幅か少し狭いスペースです。『シカゴマニュアル』では、数式で使われる「ミディアムスペース(medium space)」は、エムスペースの4分の1幅[3]としています。つまり『シカゴマニュアル』によれば、シンプルな数式では掛け算記号の前後にスペースが必要ということになります。

『シカゴマニュアル』の別の項(9.17)には、数値と単位記号との組み合わせの例に、掛け算記号を使った次の2例が含まれています。いずれも記号と掛け算記号と数字の間にスペースが入れられています。

2⅝″ × 9″
2 × 5 cm

また、『マイクロソフト マニュアル オブ スタイル[4]』の「寸法と単位」の項に示されている、掛け算記号を使った例(p.162)でも、記号と数字の間にはスペースが入っています。

1280 × 1024 monitor

掛け算記号の前後にスペースを入れる

『シカゴマニュアル』(The Chicago Manual of Style)については、当サイトの「このサイトの参考資料」ページをご覧ください。


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4. 「×」の前後にスペースがない理由

ここからはSpecAidの推測というか仮説でしかないのですが、「2560×1600」をひとつの単語としてとらえているのではないか、ということです。間にスペースが入ってないから見るからにひとつの単語ではないか、と言われればそのとおりです。

ディスプレイの解像度の代表的な規格は、「VGA」「WXGA」「WUXGA」といった名称で呼ばれることがあります[5]。「2560 × 1600」という画面解像度には「WQXGA」という名称があります。「WQXGA」サイズのディスプレイモニターの画面解像度(画素数)は、2560ピクセル×1600ピクセルである、という言い方をします。

つまり「WQXGA=2560 × 1600」というとらえかたができます。この「2560 × 1600」が規格の仕様ではなく、「WQXGA」と同じ意味の名称として扱われるようになった時に、スペースがとれて「2560×1600」となったのではないか、と考えられます。

英語の複合語は、その言葉や事象が社会に広く受け入れられるに従い、[空白あり]→[ハイフン]→[一単語]と変化します。例えば、米国野球の名前も「base ball」→「base-ball」→「baseball」と変わっていきました。これと似た意識の変化が「2560 × 1600」→「2560×1600」の関係の中にあるのではないでしょうか。

【参考サイト】Our Game, “Is It Baseball or Base Ball?

複合語の例:baseball

「2560 by 1600」は「ヨコが2560ピクセルでタテが1600ピクセル」と仕様を説明しているようなニュアンスがあります。しかし、英国の担当者はそうではなくて、「2560×1600」という一種の規格名のような形で呈示した方がユーザーにはわかりやすい、と判断したのかもしれません。


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5. 「-by-」と「 by 」

「2560-by-1600」にハイフン「-」があって、「1680 by 1050」「1440 by 900」「1024 by 640」にはありません。この違いの理由は、「2560-by-1600」だけが「native resolution」を修飾しているためです。

「その少女は7歳だ」は英語で「The girl is seven years old.」ですが、「7歳の少女が微笑んでいる」のように「7歳」が「少女」という名詞を修飾する形容詞になると、「The seven-year-old girl is smiling.」という具合にハイフンでつなぎます

これと同様に、「2560かける1600の実効解像度」と「2560かける1600」が「実効解像度」を修飾する形容詞になっているので、数値と「by」がハイフンで結ばれています。

複合形容詞のハイフン


[1] 例えば、レストランを紹介している「FOOD & DRINK」ページでは、「favourite」「flavour」「savour」などが確認できます。(2017-8-3)

[2] 「ヨコ」が先である理由は、画面解像度を表す場合は慣習的に「ヨコ×タテ」としているからで、「英語ではヨコ」を先に書くが一般的だから」というわけではありません。「ヨコ」が先か「タテ」が先か、は分野・業界・文化・物体などによって異なっているようです。次の掲示板サイトでは美術品は「タテ×ヨコ」だという情報があげられています。【参考】Reddit – graphic_design “is it width x height or height X width”

[3] 【参考】The Chicago Manual of Style Online, 12.23: Breaking displayed mathematical expressions

[4] Microsoft Corporation, “Microsoft Manual of Style (4th Edition)”, Microsoft Press, 2012

[5] ウィキペディアの執筆者,2017,「画面解像度」『ウィキペディア日本語版』(2017年8月5日)

お読みいただきありがとうございます。気が向いたらまた遊びに来てください。

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