「アポストロフィ」にまっすぐのタイプと曲がったタイプのふた通りあるのをご存知ですか。タイポグラフィの観点からは、書籍など出版物では曲がったタイプを使うべきとされています。また、アポストロフィが「逆さま」にならないように注意が必要です。英文をあつかうデザイナーが注意すべき点をまとめてみました。
目次
「ビルの本」などのように所有を表すときに、アポストロフィと「s」を組み合わせて「Bill’s book」と書きます。また、単語の一部が省略されていることを示すときに使います。「’11」「singin’」のように西暦や進行形の省略にもアポストロフィが使われます。省略する場合は、別の単語と結合することも多いです。例えば、「not」の「o」を省略して、「do not」を「don’t」とくっつけたりします。
1. アポストロフィは一重引用符を使う
コンピューターで入力する時には、アポストロフィは一重引用符を流用して使います。引用符にはまっすぐの「ストレート引用符('abc')」と曲がった「タイポグラフィ引用符(‘abc’)」があります。「タイポグラフィ引用符」をアポストロフィとして使う場合は、引用部分の最後に入れる「閉じる引用符(‘abc’)」の方を入力します。
まっすぐの引用符と曲がった引用符を区別するためにいろいろな呼称があります。下の表の「別称・俗称」は一重引用符と二重引用符の両方を含めた呼称になります。
一重引用符 | 二重引用符 | 別称・俗称 |
---|---|---|
‘ ’ | “ ” | スマート引用符、タイポグラフィ引用符、タイポグラファー引用符、カールした引用符 |
' ' | " " | まぬけ引用符[1]、プログラマー引用符、ASCII引用符、タイプライター引用符、中立の引用符、ストレート引用符 |
カールした「タイポグラフィ引用符」
『シカゴマニュアル第16版』の「Apostrophes(アポストロフィ)」の項には、「スマート」アポストロフィを使うべきだとして次の記述があります。
“Smart” apostrophes. Published works should use directional (or “smart”) apostrophes. In most typefaces, this mark will appear as a raised (but not inverted) comma. The apostrophe is the same character as the right single quotation mark (defined for Unicode as U+2019 . . .
【訳】「スマート」アポストロフィ:出版物には、形に動きのあるアポストロフィ(または「スマート」アポストロフィ)を使うべきである。ほとんどのタイプフェイスでこの記号は、コンマを(反転させずに上下を保ったまま)上にずらしたように見えます。アポストロフィは、一重引用符の右側(閉じる側)と同じ記号(UnicodeではU+2019)です。(…以下略…)
The Chicago Manual of Style, 16th Edition (Chicago and London: The University of Chicago Press – 2010) (項目6.114の抜粋)
説明が少し回りくどいですが、要するに、出版物のアポストロフィには「タイポグラフィ」一重引用符の閉じる側を使うべし、ということです。この出版物にはウェブコンテンツも含まれます。また、上の表にあるように、「スマート引用符」=「タイポグラフィ引用符」です。
『シカゴマニュアル』(The Chicago Manual of Style)については、当サイトの「このサイトの参考資料」ページをご覧ください。
タイプライター出身の代役「ストレート引用符」
「タイポグラフィー引用符」は、始まりの記号(開く引用符)「‘」と終わりの記号(閉じる引用符)「’」のふたつを一組で使います。しかし、タイプライターが開発された時、機械的な理由からキーの数が限られていました。そこで、ひとつのキーで「開く引用符」と「閉じる引用符」をまかなえるように考え出されたのが「ストレート引用符」です。
パソコンにキーボードから文字を入力できるようになってからも、タイプライターと同様のキーボードが流用されました。また、モニター画面解像度も今ほど高くなかったため、文字の表現力にも限界がありました。
現在でもプログラミングやコーディングでは「ストレート引用符」が使われています。
テキストエディタを開いて、引用符が刻印されているキーを押すと「まぬけ引用符」が入力されます。下の図は、Windowsのメモ帳とMacのテキストエディットで入力した例です。
2. アポストロフィが逆さま!
先に紹介した『シカゴマニュアル第16版』の「Apostrophes(アポストロフィ)」の項には次のような記述もあります。
. . . Thanks to the limitations of conventional keyboards and many software programs, the apostrophe has been one of the most abused marks in punctuation — especially in the last generation or so. . . .
【訳】(…前略…)従来からのキーボードや多くのソフトウェアプログラムの限界のおかげで、アポストロフィは、とりわけ最近の世代あたりから、最も誤用されている句読点のひとつとなっている。(…以下略…)
The Chicago Manual of Style, 16th Edition (Chicago and London: The University of Chicago Press – 2010) (項目6.114の抜粋)
「The New Republic」誌の記事『Smart Quotes are Killing the Apostrophe』では、看板・テレビCM・人気メディアのウェブサイトなどに「逆さまのアポストロフィ」が次々と出現していることを嘆いています。「アポストロフィ大災害(apostrophe catastrophe)」だと。
その誤った「逆さまアポストロフィ」の例として次のようなものが挙げられています。
- ロムニー候補の2012年大統領選挙用バンパーステッカー
プロバスケットチーム、ロスアンゼルス・レイカーズの、過去のリーグ優勝年をレイアウトしたコートデザイン- テレビ局NBCのスポーツ番組「'LIGHTS」のロゴ(単語「highlights」の省略形として)
みなさん、ヤラカシテますねぇ。いずれも公式のステッカーであり、コート床面へのデザインであり、番組タイトルロゴですから、驚きです。
ロスアンゼルス・レイカーズのコートは修正されたそうです。(2020-4-1)
Missed this. the #Lakers fixed their apostrophe catastrophe on their mid-court logo. @UniWatch pic.twitter.com/zYkK6qhjql
— Cork Gaines (@CorkGaines) January 4, 2018
アプリのおせっかいにご用心
「The New Republic」誌の記事でも指摘されているように、「逆さまのアポストロフィ」を生んでいるのはアプリケーションソフトの自動変換機能です。
この機能は、キーボードのストレート引用符キーで入力すると、タイポグラファー引用符に自動変換してくれます。どういう仕組みかというと、入力箇所の前に文字がなければ始まりの記号「‘」に、文字の後ろであれば終わりの記号「’」に変換します。「'hello'」と入力すると「‘hello’」となります。
ところが、例えば西暦「2017」を省略して「'17」と入力したい時も、引用部分の始まりだと解釈して、「‘17」と変換されてしまいます。
通常の引用符として使うのであれば便利なのですが、省略のアポストロフィを入力したい時には邪魔になります。
「ロックンロール」も「ロック『N』ロール」になってしまいます。(「N」を転がすと楽しいのか?)
この自動変換はアプリケーションの設定でオフにできます。
Microsoft Office 2013のWordの場合、次の手順で自動変換をオフにします。
- [ファイル] > [オプション] > [文章校正] で「オートコレクトのオプション」ボタンをクリックします。
- 「オートコレクト」ダイアログボックスが開くので、「入力オートフォーマット」タブを選びます。
- 「入力中に自動で変換する項目」の「左右の区別がない引用符を、区別がある引用符に変更する」のチェックをはずします。
- 「OK」ボタンを押して書類画面に戻ります。引用符を入力すると設定が変更されたことが確認できます。
Adobe Illustrator CC 2017は、次の手順で設定を変更します。
- [ファイル] > [ドキュメント設定…] と進んで、パネルを開きます。
- 「文字オプション」を選び、「引用符」のプルダウンメニューから「''」を選びます。
- 「OK」ボタンを押して書類画面に戻ります。引用符を入力すると設定が変更されたことが確認できます。
macOSでの入力の仕方
「スマート」アポストロフィ(「タイポグラフィ」一重引用符)をmacOSで入力する時のキーコンビネーションは下図のとおりです。日本語キーボードの場合とUSキーボードの場合です。
Windowsでの入力の仕方
Windowsでは、「ワードパッド」で入力する場合を紹介します。
「スマート」アポストロフィは、半角英数入力モードで、「閉じる一重引用符」(右シングルクオート)のUnicode(ユニコード)の文字番号「2019」を入力し、「Alt」キーと「X」を同時に押すと文字番号が「’」に変換されます。
「開く一重引用符」は、「2018」を入力し、「Alt」キーと「X」を同時に押すと文字番号が「‘」に変換されます。
3. HTMLでは「’」と入力する
HTMLで「スマート」アポストロフィを入力するときは、「タイポグラフィ」一重引用符の「閉じる引用符」と同じ名前文字参照(文字実体参照)「’」を使います。
「'」はストレート引用符
「アポストロフィ」の名前文字参照(文字実体参照)として「'」があります。これは「ストレート」アポストロフィであり、同時に「ストレート」一重引用符でもあります。「ストレート」二重引用符である「"」と組み合わせて使うべき記号です。
「'」は「apostrophe」(アポストロフィ)を略して作られたコードだと想像できますが、だからといって「タイポグラフィ引用符」を採用した文章では、アポストロフィとしては使えません。「タイポグラフィ引用符」を使っている場合は、「スマート」アポストロフィ、つまり「タイポグラフィ」一重引用符の「閉じる引用符」の名前文字参照(文字実体参照)「’」を使ってください。[2]
[1] 「まぬけ引用符」は英語の「dumb quotes」「dumb quotation marks」を和訳したものです。この「まっすぐの引用符」を印刷物に使うデザイナーやタイポグラファーは、欧米ではプロフェッショナルと見なされない、という背景があるためです。一方、多くのプログラミング言語では「ストレート引用符」を使わなければなりません。この立場からは、「まぬけ」という形容詞は適切ではないでしょう。
[2] タイポグラフィ引用符を採用した文章であっても、フィート記号(′)の代用としてであれば「'(')」を使うことはできます。
この記事は2017年9月16日に投稿した内容に対し、2019年12月11日に加筆・修正しました。
この情報、大変参考になりました。
ありがとうございます。
印刷を想定した出版物はいいと思うのですが、純粋なWebコンテンツまでASCIIコード互換の英文中に、アポストロフィだけUnicodeにしかないタイポグラフィ引用符を使用している方が、等幅フォント表示の際にそこだけ全角幅になってよほどまぬけな表示になるのに、欧米はそんなことはお構い無しなんでしょうかねぇ?
コメントありがとうございます。
等幅フォント表示時に全角幅になる現象を知りませんでした。今度調べてみたいと思います。貴重な情報をありがとうございます。
日本語でも英語でも、公式・非公式、パブリック・プライベート、オフィシャル・カジュアルなどのシチュエーションによって、表記の許容範囲が変わってきます。おっしゃっているように、アポストロフィだけタイポグラフィ引用符を使うというのは一貫性を欠いているので、公的な文書・コンテンツでは避けるべきでしょうね。ライティングルールで決まっているのであれば従わざるをえませんが。
また、OSもアプリもウェブ関連技術もマルチ言語化が進んで便利になった反面、他言語の影響も受けやすくなっているようです。以前は1バイト文字で書かれている英文に2バイトの文字や記号の混入は全て誤表記・入力ミスと評価されましたが、最近では日本式顔文字や、日本のアニメやマンガの影響で、必ずしも誤りとも言えないケースもあるようです。
今後ともよろしくお願いいたします。
現在、文字処理をしており、シングルクォーテーション一つにしても、複数のUnicodeが割り当てられているので、本当に頭が痛いです。
入力するときに、全角入力にして変換すると、複数のシングルクオーテーションが出てきます。
これを適当に入力されたら、もう処理するほう(右と左の対応とか)は悩ましいです。
参考までに
http://www.asahi-net.or.jp/~ax2s-kmtn/ref/unicode/u2000.html
当サイトをお読みいただきありがとうございます。文字入力はさぞかし大変でしょうね。入力された符号が、意図的なのか、テキトーなのか、ミスなのかの見極めと対応方法の判断には苦労すると思います。引用符は、英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語などで、正書法がそれぞれ違いますが、ネットの影響で厳密ではなくなっているようです。Unicode一覧もありがとうございます。参考になります。今後ともよろしくお願いいたします。