日本ベースで発信される英語スペックには、日本語由来の誤用が見つかることがあります。単なる入力ミスの場合もあれば、日本語の発想で判断したために英語にはなじまない表記になったものもあります。ある製品のスペックを参考にしながら、日本語の影響を受けた英語表記の実例を見ていきましょう。
目次
本稿は「日本語の名残のあるスペック:英語に日本語が混入!」の続きです。
今回は、日本語の名残というよりは、日本から発信されたスペックにありがちな誤りやクセを、引き続き前回と同じスペックで見ていきます。
1. 省略形「No.」の不適切な使い方
このスペックには次のような項目があります。
「No.」は「No. 1」などでおなじみの「number」の省略形です。
No. is a written abbreviation for number
【訳】「No.」は「number」の省略形である。
Collins English Dictionary,
‘No’ definition and meaning (2017-11-15)
「number」は、単純に考えると「数」です。辞書にはどのような意味が載っているでしょうか。
『プログレッシブ英和中辞典(第4版)』には、名詞「number」の意味を、大小8つの項目に分けて説明してあります。その内の1〜3項目を簡単にまとめると次のようになります。
同じ「数」でも、1項目めは「すう」、3項目めは「かず」と読むとわかりやすいかもしれません。
項目 | 意味 | 例 |
---|---|---|
1 | (概念としての)数 | 奇数・偶数、基数・序数など |
1a | 番号 | 電話番号、番地、〜番 |
1b | 人数・個数 | the number of spectators (見物人の数) |
【参考】コトバンク、プログレッシブ英和中辞典(第4版)「
numberの意味」(2017-11-15)
この『プログレッシブ英和中辞典』では、「number」を「No.」と略すことが記されているのは、2番目の「番号」の項目だけです。「(番号がついている物の)…番」の場合に、略が「No.」であるとし、「Room No. 560」(560号室)が例として挙げられています。
注:現在『プログレッシブ英和中辞典』は第5版となり、上記から掲載内容が変わりました。(2022-12-1)
別の辞書を見てみましょう。
『Merriam-Webster’s Learner’s Dictionary』の「number」の説明には、「No.」と略せる意味の項に「abbreviation No. or no.」と記されています。「abbreviation No. or no.」が付いているのは以下の3項目です。
. . .
2 [count]
a : a number or a set of numbers and other symbols that is used to identify a person or thing
. . .
4 [count]
a : used to indicate the position of someone or something in a numbered list or series
. . .
b : the version of a magazine, newspaper, etc., that is published at a particular time
. . .
【訳】
(…前略…)
2 [可算]
a : 人や事物を識別するための番号または数と記号の組み合わせ
(…中略…)
4 [可算]
a : 番号付けされたリストやひと続きのまとまりの中で、人や事物がどの位置にあるかを示すために使われる
(…中略…)
b : 定期的に出版される雑誌・新聞などの版・号
(…以下略…)
【参考】Merriam-Webster’s Learner’s Dictionary,
‘Number’ (2017-11-15)
「No.」または「no.」と省略できるとされている項目の例文から、該当箇所のみをいくつかピックアップしてみました。
- a student’s ID number(ID番号)
- your credit card number(クレジットカード番号)
- the account number(お客様番号・口座番号)
- page numbers(ページ番号)
- lottery numbers(抽選番号)
- the number 3 bus(3番のバス)
- flight number 101(フライト番号101)
- Gate number 36(36番ゲート)
- question number 6(第6問)
- the pitcher, number 21(ピッチャー、背番号21)
- You’re number 7 on the waiting list.(あなたは順番待ちリストの7番目です)
- Now serving number 28.(28番接客中〔お呼び出し番号:28〕)
- The article is in volume 36, number 2 of this journal.(記事はこの雑誌の第36刊第2号に掲載)
また、米国のジャーナリスト向けスタイルブック『APスタイルブック』には、次のように「no.」が説明されています。
No. Use as the abbreviation for number in conjunction with a figure to indicate position or rank: No. 1 man, No. 3 choice. . . .
【訳】No.「number」の略として位置や等級を示すために数字と一緒に使う:第一人者・第3希望。(…以下略…)
The Associated Press Stylebook and Briefing on Media Law 2017 (New York: Basic Books – 2017)(194)
さて、「No. of effective pixels」ですが、意味は「有効ピクセル数」です。ここの「number」はピクセルの「個数」であり、番号や順番などの意味ではないので、「no.」と略すことはできません。「Number of effective pixels」とするのが正しい表記です。
番号以外の意味の「number」を「no.」と略している例は、スペックに限らず、ネット上で多く見かけます。しかしこの使い方は、読む人によっては誤記とみなすでしょうから、注意が必要です。
2. 大文字小文字の扱い
下の箇所では、「Approx.」という単語が2回出てきます。「approximately」の省略形で、「約」「おおよそ」という意味です。
2番目の「Approx.」は「A」を大文字にする理由は特にありませんので小文字にします。また、インチ記号に「ストレート引用符」が使われていますが、ダブルプライム「″」の方が望ましいです。
次に、下の箇所は、「Compression Format」という項目に対する内容です。
見出しのように各単語の頭を大文字にしていますが、大文字化する根拠は特にありません。
「compliant」は、「準拠している」「適合している」という意味の形容詞です。文頭にあるか、見出しで大文字化する以外は、小文字にするのが正しい表記です。
「baseline」「format」「profile」「level」も普通名詞ですので、やはり文頭や見出し以外では基本的に小文字にすべきです。
したがって、「JPEG」以外はすべて小文字にするのが適正でしょう。
ただし、「basic」は、JPEGのファイルフォーマットの1形式としての名称で、[1]また、「H.264/MPEG-4」の規格において「profile」「level」は、特別に定義された用語になっているようです。[2]このことをはっきりと示すために、固有名詞の扱いに準じて単語の頭を大文字にする、という選択肢はあるかもしれません。
写真(photographs)の方には「JPEG」という方式名が書かれているので、動画(movies)の方にも規格名である「H.264」または「MPEG-4」を示した方が統一がとれると思います。[1]
また、英語では日本語ほど丸括弧(小括弧)は使いませんので、括弧を使わない案も追加しました。
大文字小文字については、またあらためてまとめてみたいと思います。
3. 良い点
1点めは、プラス符号・マイナス符号を伴う数値で範囲を示している箇所で、エヌダッシュ「–」ではなく、「to」を使っていることです。
エヌダッシュを使って「5–7 mm」などのように範囲を示すことに特に問題はありません。しかし、数値にプラス符号・マイナス符号、特にマイナス符号がついている場合は、マイナス符号「−」とエヌダッシュ「–」がまぎらわしいです。
「+2.0 to −2.0」と「−2.0 to +2.0」のどちらが適切か、ということはとりあえず置いておいて、ハイフンやエヌダッシュではなく「to」にしているのでわかりやすくなっています。
「僭越ながら:日本語の名残のあるスペック(1)」で触れたように、マイナス符号として「フィギュアダッシュ」(figure dash)が使われているので、これは「マイナス符号」に変更が必要です。
次はパーセント記号「%」と数字との間にスペースを設けていない点です。
『シカゴマニュアル』や『オックスフォード・スタイルマニュアル』などでは、数字とパーセント記号の間にスペースは入れない、としています。
国際単位系(SI)では、単位記号と同様にパーセント記号の前にスペースを入れることを推奨していますが、『シカゴマニュアル』には、慣習にそぐわないのでシカゴ大学出版局の出版刊行物ではスペースを入れない、との姿勢が示されています。
3点めは、「かける」の記号に小文字「x」または大文字「X」ではなく、掛け算符号「×」を使用していることです。
アルファベットのエックスは、掛け算符号の代替として広く使われていますが、『シカゴマニュアル』や『オックスフォード・スタイルマニュアル』などのスタイルガイドは、自然科学系のコンテンツでは掛け算符号を使うことをルールとしています。
数学を始め、厳密さ・明瞭さが求められる分野では、アルファベットとはっきりと分けることは当然でしょう。
一般的なコンテンツであっても、それがフォーマルなものであれば掛け算符号「×」を使うべきである、という意見が、ネットで見る限り、英語圏のタイポグラファに多く見られます。
『シカゴマニュアル』(The Chicago Manual of Style)・『オックスフォード・スタイルマニュアル』(The Oxford Style Manual)・『APスタイルブック』(The Associated Press Stylebook)については、このサイトの参考資料をご覧ください。
本サイトの以下の記事もご覧ください。
[1] 【参考】
ウィキペディアの執筆者,「JPEG」『ウィキペディア日本語版』(2017年11月19日)
ウィキペディアの執筆者「MPEG-4」『ウィキペディア日本語版』(2017年11月19日)
ウィキペディアの執筆者,「H.264」『ウィキペディア日本語版』(2017年11月19日),
Wikipedia contributors. “JPEG.” Wikipedia, The Free Encyclopedia. Wikipedia, The Free Encyclopedia, 17 Nov. 2017. Web. 19 Nov. 2017.
Wikipedia contributors. “MPEG-4.” Wikipedia, The Free Encyclopedia. Wikipedia, The Free Encyclopedia, 29 Oct. 2017. Web. 19 Nov. 2017.
Wikipedia contributors. “H.264/MPEG-4 AVC.” Wikipedia, The Free Encyclopedia. Wikipedia, The Free Encyclopedia, 27 Oct. 2017. Web. 19 Nov. 2017.
%は記号であり、SI単位ではありませんのでスペースは挿入されません。℃なども同様です。kg、mなどはスペースの挿入が推奨されます。xやyに代表される変数と区別するためという意味合いもあります。
当サイトをご覧いただき誠にありがとうございます。
詳しい説明もいただき感謝いたします。
おっしゃっているのは、まさしく『シカゴマニュアル(The Chicago Manual of Style)』のスタイルですね。
英文コピーライティングの世界でも、数値と「%」「°C」の間にはスペースを入れません。
のちに、スペースを入れる、とするスタイル(記述ルール)があることを知って、私自身も違和感を覚えました。
さまざまなスタイルについては、以下のページも合わせてご覧ください。
スペース:割と度し難い? – 世界標準のスペック英語
https://specaid.net/advanced/spaces-percent-and-degree.html
BBC News Style Guide: BBCはスペース嫌いの単位一体派 – 世界標準のスペック英語
https://specaid.net/advanced/bbc-news-style-guide.html
また何かお気づきの点がありましたら、ご教授いただけると幸いです。
今後ともよろしくお願いいたします。