スラッシュ「/」は「on/off switch」などで使われる斜めの線「/」の名前です。ウェブサイトのURIやディレクトリなどでもおなじみですね。HTMLやJavaScriptなどのコーディングでもなくてはならない記号です。このスラッシュを英語コピーやスペックでどういう時に使っていますか。
目次
サイトのURI/URLで普段からよく目にするスラッシュですが、多くのスタイルガイドやライティングガイドでは、「or」の意味で文中で使うのはインフォーマルであると見なされています。また、いたるところで「or」以外の使い方が広がっているため、曖昧さが強まっているとも言われています。
1. スラッシュは選択肢を示す
スラッシュの用途について『シカゴマニュアル』には次のように記されています。
Slashes to signify alternatives. A slash most commonly signifies alternaives. In certain contexts it is a convenient (if somewhat informal) shorthand for or. . . .
【訳】選択肢のスラッシュ:スラッシュは主に(択一的)選択肢を意味する。ある条件のもとであれば、ややインフォーマルではあるが、「or」の簡略な表記法として便利である。(…以下略…)
The Chicago Manual of Style, 16th Edition (Chicago and London: The University of Chicago Press – 2010) (項目6.104)
使用例 | 意味 |
---|---|
he/she | he or she |
air/rail | air or rail |
Margaret/Meg/Maggie | Margaret or Meg or Maggie |
英語の「alternatives」をとりあえず「選択肢」と訳しましたが、わかりにくいかもしれませんので、少し補足します。
英語の人称代名詞の単数形は、「he」または「she」のどちらかを使わなくていけません。そのため、例えばメールの発信者の名前からは、男性か女性か判断がつかないようなとき、その人物について述べる際に「he or she」を使います。この場合、その人物が「he」であり同時に「she」である、という状況はありえません。
同様に、飛行機か鉄道で移動する、というような時の「air or rail」も、飛行機に乗っていながら同時に列車に乗っている、ということはありません。
「Margaret or Meg or Maggie」は、「Margaret(マーガレット)」とそのニックネーム「Meg(メグ)」「Maggie(マギー)」なのですが、「私は友人に、マーガレットかメグかマギーと呼ばれています」というようなシチュエーションで出てくるかもしれません。この場合も、ある人が、メグと声をかけながら同時にマギーと声に出している、というようなことは物理的にありえません。
つまり、いくつか列挙されている中から、あるひとつを選んだ場合は、もう一方(3つ以上の場合はそれ以外)を同時に選ぶことができない状況であるとき、その(択一的)選択肢を「alternatives」と言っています。
HTMLのフォームで言えば、「ラジオボタン」ですね。
そして、そういう要素を列挙するときに、「スラッシュ」が使われる、ということです。
「and」のスラッシュ
スラッシュが「or」ではなく「and」の意味合いを帯びていることもあります。
前述の『シカゴマニュアル』の「Slashes to signify alternatives」の項には次の記述も見られます。
Occasionally a slash can signify and—though still usually conveying a sense of alternatives.
an insertion/deletion multiplication
an MD/phD program
a Jekyll/Hyde personality
【訳】スラッシュが「and」を意味することもあるが、その場合でも二者択一のニュアンスを帯びている。
挿入欠失変異
医学士・医学博士プログラム
ジキル/ハイドパーソナリティ(二重人格)
The Chicago Manual of Style, 16th Edition (Chicago and London: The University of Chicago Press – 2010) (項目6.104)
これは例えば「Jekyll/Hyde personality」の場合であれば、性格の全く異なる「ジキル博士」と「ハイド氏」という二つの人格をひとりの人間が持っている、という意味では「and」です。しかし、「ジキル博士」の人格の時には「ハイド氏」が眠り、「ハイド氏」の人格になった時には「ジキル博士」は消えている、という状況なので、「二者択一」の意味合いが残っている、ということです。
さらに「and」の意味合いが強まり、ほぼ「and」の意味で使われることが増えているようです。
- singer/songwriter
- actor/director
- singer/actress/writer
上記の例は、いずれのスラッシュも「兼」と考えるとわかりやすいです。「歌手兼作曲家」「俳優兼監督」「歌手兼女優兼作家」。
「singer/songwriter」は、スラッシュが乱用されるようになる前は、「singer-songwriter」とハイフンでつながれていました。現在でも辞書の見出し語はハイフンが使われています。
短縮を示すスラッシュ
単語を短縮する場合にもスラッシュが使われます。
使用例 | 短縮された語 |
---|---|
A/C | account |
B/S | balance sheet |
i/c | in charge |
n/a | not applicable |
w/ | with |
w/o | without |
n/a | not applicable |
I/O | input-output |
c/o | care of |
b/w | black and white |
スピードと効率を求めるビジネス分野で使われることが多いです。
その他の用途
スラッシュは、分数や日付、単位などの「〜あたり(per)」の意味でも使われます。
分数 | 3/4 |
日付 | 4/10/2018 |
〜あたり(per) | km/h |
また、詩の一部を引用するときには、スラッシュで改行を示します。
Mary had a little lamb / Its fleece was white as snow / And everywhere that Mary went / The lamb was sure to go.
2. 使いやすいが伝わりにくいことも
「or」にも「and」にも使えるということは、どちらを使うか迷った時に「/」にしてしまえば、なんとかカタチになるわけです。
Our new camera will be sold with a wide-angle/long-focus lens.
「wide-angle lens」は広角レンズ、「long-focus lens」は長焦点(望遠)レンズです。全く異なる種類のレンズですから、「広角兼望遠レンズ」は存在しません。
では、カメラとレンズはどのような組み合わせで販売予定なのでしょうか。
本来の「or」の意味でスラッシュが使われているなら、「広角レンズ付き」と「望遠レンズ付き」の2タイプが販売されるでしょう。
Our new camera will be sold with a wide-angle lens or a long-focus lens.
しかし、2種類のレンズが付属していることが「売り」のモデルだったら、スラッシュを使うと「and」の意味は伝わりにくいでしょう。この場合は、「and」を使って明示すべきです。
Our new camera will be sold with a wide-angle lens and a long-focus lens.
さらに、スラッシュが「and」の意味を持つ可能性がある、ということは、逆パターンの誤った解釈にもつながります。
どちらかのレンズ付き(or)で2タイプが発売されるにもかかわらず、「a wide-angle/long-focus lens」という記述を読んだ購入予定者が、2種類のレンズ付き(and)だと受け取る可能性もあります。
エレクトロニクス分野に多い使い方
エレクトロニクス分野では、「or」以外の関係にある単語がスラッシュと組み合わされているケースをよく見かけます。
使用例 | 辞書の見出し語 |
---|---|
client/server | client-server |
on/off | on-off |
AC/DC | AC/DC |
24-bit/192 kHz | – |
「client/server」は「client/server network」などで使われます。「クライアントまたはサーバーネットワーク」ではなく、クライアントとサーバーで組み合わされたネットワークという意味です。
「on/off」は「on/off switch」などで使われます。これは「オン・オフ兼用スイッチ」でしょう。
「AC/DC」は「AC/DC converter」などで使われます。辞書の見出しもハイフンではなくスラッシュで掲載されています。「AC」は交流、「DC」は直流で、電流を交流から直流に変換する機器のことです。この場合は、「or」でも「and」でもなく、「AC-to-DC」という意味を縮めた表現です。
「24-bit/192 kHz」はハイレゾ音源の規格のひとつを示していて、量子化ビット数が24ビットで、サンプリング周波数が192キロヘルツであることを示しています。このスラッシュは、「or」ではなく「and」の意味合いですが、「特定の組み合わせ」を表わしています。スペックではよく使われるパターンです。
使う前に他の表現を検討する
英国の『オックスフォード・スタイルマニュアル』では、スラッシュの酷使・誤用について、次のような記述があります。「Solidus」はスラッシュの別名で、「Solidi」はその複数形です。[1]
. . . . Solidi are much abused, . . . and are sometimes misused for and rather than or; hence it is normally best in text to spell out the alternatives explicitly . . .
【訳】(…前略…)スラッシュは酷使され、(…中略…)時には「or」ではなく「and」として誤用される。そのため、文章においては選択肢であることを単語で示すのが最善である。(…以下略…)
R. M. Ritter, The Oxford Style Manual (Oxford: Oxford University Press – 2003)(項目5.12.1からの抜粋)
つまり、「he/she」は文中では「he or she」とすべきである、としています。
同様に、「and」の意味で使われている「singer/actress/writer」は、「singer, actress and writer」とすべきでしょう。
英訳の場合は注意が必要
株式会社ユー・イングリッシュのサイトの「注意したい日本語―表記のありがちなズレ」という記事では、日本語と英語で意味がずれる表記の例として「スラッシュ」を挙げています。
日本語で「A/(スラッシュ)B」とある場合、「スラッシュ」が意図しているのは、主に「および」や「または」であり、たいていの場合、「および」を表しています。
特許英語・論文英語を専門とする翻訳と教育の会社 ユー・イングリッシュ「オンライン連載 | 第15回【注意したい日本語―表記のありがちなズレ】」(2017-9-27)
英語のスラッシュが主に「or」の意味であるのに対し、日本語のスラッシュは「and」を意味することが多い、という指摘です。
ですから、日本語の原稿に「DC/DCコンバータ」とある場合、そのまま「DC/DC converter」とするのではなく、訳し方を吟味して、以下のようにスラッシュを使わない表現を探るべき、としています。
- a DC-DC converter
- a DC DC converter
- a DC-to-DC converter
ちなみに、「DC/DCコンバータ」は、直流対応の電圧を変換する機器で、降圧コンバーター・昇圧コンバーターのことです。
できるだけ「and/or」は使わない
「and/or」をご存知でしょうか。「『and』でもあり『or』でもある」という意味で使われます。
例えば、次の文の場合は、ケーキだけ食べても、アイスクリームだけ食べても、ケーキとアイスクリームの両方食べてもいい、という意味になります。
You can have cake and/or ice cream.
うまくまとめているように見えますが、次のように分析することを読者に強要しているとも言えます。
You can have cake, or
ice cream, or
cake and ice cream.
もっぱら契約書など法律関係のドキュメントで使われることの多い「and/or」です。しかし、そのような特殊な分野以外では基本的に「and/or」は使うべきではない、と多くのスタイルマニュアルやライティングガイドが否定的です。上の例の場合は、次のような表現が推奨されています。
You can have cake or ice cream or both.
スラッシュの前後にスペースは入れない
選択肢・代替・兼・省略形・分数・日付・〜あたり(per)など、ほとんどの場合スラッシュの前後にスペースは入れません。
- chicken/beef
- railway/railroad
- singer/actress
- 3/4
- 4/10/2018
- km/h
例外的にスペースを入れる場合
『シカゴマニュアル第16版』の「Slashes」の項には次の記述があります。
. . . . Where one or more of the terms separated by slashes is an open compound, a space before and after the slash can be helpful. . . .
【訳】(…前略…)スラッシュで区切られた複合語がスペースを含む場合、スラッシュの前後のスペースは有効かもしれません。(…中略…)
The Chicago Manual of Style, 16th Edition (Chicago and London: The University of Chicago Press – 2010) (項目6.104)
そして、その例として「World War I / First World War(第一次世界大戦)」が挙げられています。
「World War I」「First World War」のいずれの複合語にもスペースが含まれています。スラッシュの前後にスペースを入れない場合は、「World War I/First World War」となるため、「I/First」の部分だけが「代替」のようにも見えます。「『World War I』または『World War First』」と取られる可能性があるのを、スラッシュの前後にスペースを入れることで回避できます。
スタイルガイドによっては、このような場合でもスペースを入れない、としているものもありますが、スペースを入れる方が好ましいのではないでしょうか。
「He is a singer / piano player.」のように片方だけ複合語の場合も、スペースを入れた方が意味を取りやすいかもしれません。スペースなしで「singer/piano player」とすると、スラッシュの機能としては「singer player」と「piano player」を意味しているように見えるからです。「singer player」という単語は存在しないので、そういう意味ではないことはすぐにわかりますが。
もちろん、スラッシュを使わずに、「He is a singer and piano player.」という表現の方がさらに明瞭でしょう。
また、詩の改行を示す場合もスラッシュの後ろにスペースを入れます。
『シカゴマニュアル』(The Chicago Manual of Style)と『オックスフォード・スタイルマニュアル』(The Oxford Style Manual)については、このサイトの参考資料をご覧ください。
文字実体参照は「/」
スラッシュはキーボードに「/」が刻印されているキーで入力できるので、文字実体参照を使う場合があまり思い浮かばないのですが、もし必要な場合は「/」と入力します。
スラッシュ「/」には次のように呼び名がたくさんあって、そのうちの「solidus」を短縮したものと思われます。
スラッシュの名称
- slash
- virgule
- solidus
- slant
- forward slash(backslash「\」に対して)
- stroke(主に英国)
『シカゴマニュアル』(The Chicago Manual of Style)と『オックスフォード・スタイルマニュアル』(The Oxford Style Manual)については、このサイトの参考資料をご覧ください。
[1] 「solidus」と「slash」はもともとは素性の異なる別の記号だったのですが、いまではそれを区別することはほとんどないらしいです。【参考】 “Slash (punctuation).” Wikipedia, The Free Encyclopedia. Wikipedia, The Free Encyclopedia, 29 Aug. 2017