「午前6時から8時まで」のような範囲を記号[1]を使って表すとき、英語では水平の直線状[2]の「–」(エヌダッシュ・エヌダーシ)を使って「6–9 a.m.」と表記します。日本語では一般的に「午前6時〜9時」のように「〜」(波線・波ダッシュ)を用いますが、英語では使いません。キーボードにはエヌダッシュのキーがないため、しばしばハイフン(‐)が代用されます。
目次
キーボードには「チルダ(チルド・ティルデ)」と呼ばれる、波ダッシュによく似た記号がありますが、日本語の波ダッシュとは意味が違いますので、これを範囲の記号として使うことはできません。プログラム言語を含むいくつかの言語で「˜」や「~」が使われていますが、意味や使い方は様々です。
1. 範囲の記号はエヌダッシュ「–」を使う
範囲を表す記号は「–」を使います。「–」の名前は「エヌダッシュ(en dash[3])」です。例えば、「from 1945 to 1998」(1945年から1998年まで)は「1945–1998」となります。
『シカゴマニュアル第16版』には、エヌダッシュの用途について次のような説明があります。
The principal use of the en dash is to connect numbers and, less often, words. With continuing numbers—such as dates, times, and page numbers—it signifies up to and including (or through).
【訳】エヌダッシュの第一の用途は、数字をつなぐことであり、時には言葉をつなぐことにも使われる。日付・時間・ページなど、連続する数とともに用いて、「〜まで(通してずっと)」という意味になる。
The Chicago Manual of Style, 16th Edition (Chicago and London: The University of Chicago Press – 2010) (項目6.78の抜粋)
日本語では「1945〜1998」と「〜」(波線・波ダッシュ)を使いますが、日本語特有の記号ですので、英語では使えません。
日本(または東アジア)では「〜」を範囲の意味で使うのだな、ということは、旅行で日本に訪れている外国人には何となくわかっていると思います。英語圏からの来訪者には、異国を感じる楽しみのひとつかもしれません。
上の営業時間の案内を、エヌダッシュを使って手直ししてみました。
「エヌダッシュ」の「エヌ」はアルファベットの「n」です。アルファベットの「m」の意味の「エムダッシュ(em dash)」もあります。
英国の『オックスフォード・スタイルマニュアル』では、エヌダッシュの長さについて、次のような記述があります。(英国なので米国式と違って、エヌダッシュが「en rule」、エムダッシュが「em rule」という名前になっています[3])
The en rule is, as its name indicates, an en in length, which makes it longer than a hyphen and half the length of an em rule.
【訳】エヌダッシュは、その名前が示すように、長さがエヌと同じなので、ハイフンよりも長く、また、エムダッシュの半分の長さである。
R. M. Ritter, The Oxford Style Manual (Oxford: Oxford University Press – 2003) (項目5.10.9からの抜粋)
かつては、エムダッシュは「m」の幅と同じ長さ、エヌダッシュは「n」の幅と同じ長さ(または「m」の半分)を基準にしていたようです。今では、視覚的なバランスを考慮して、フォントごとに調整されています。ですから、線の長さは、ハイフン < エヌダッシュ < エムダッシュの順に長い、と覚えておけばいいと思います。[4]
『シカゴマニュアル』(The Chicago Manual of Style)と『オックスフォード・スタイルマニュアル』(The Oxford Style Manual)については、本サイトの「このサイトの参考資料」ページをご覧ください。
HTMLでは「–」と入力する
HTMLに記述する場合は、名前文字参照(文字実体参照)の「–」を入力します。
Mac OS(macOS)では、「option」キーを押しながら「-」(ハイフン)キーを押すことで入力できます。iOSデバイスでは、英語入力モードで「-」を長押しすると、候補として「-」「–」「—」「•」が表示されるので、2番目のエヌダッシュを選びます。
Windowsでは、Microsoft Wordで入力する場合を紹介します。半角英数入力モードで、エヌダッシュのUnicode(ユニコード)の文字番号「2013」を入力し、「Alt」キーと「X」を同時に押すと文字番号が「–」に変換されます。
エヌダッシュの前後にスペースは入れない
オックスフォード・スタイルマニュアルに、次のような記述があります。(英国なので米国式と違って、エヌダッシュが「en rule」という名前になっています[5])
Use the en rule closed up (non-touching) to denote elision in elements that form a range.
【訳】範囲を構成する要素が省略されていることを示すために、エヌダッシュは、詰めて(ただし接しないように)用いる。
R. M. Ritter, The Oxford Style Manual (Oxford: Oxford University Press – 2003) (項目5.10.9からの抜粋)
「範囲を構成する要素」とは「from」「to」「up to」「through」などの単語のことです。つまり、例えば「from Monday to Friday」の「from」「to」を省略したのであれば、月曜から金曜という範囲であることをはっきりとさせるために、スペースを入れずに「Monday–Friday」と表記するのが望ましい、ということです。
Microsoft Wordでは、先に述べた文字コード入力以外にも、エヌダッシュを入力する方法があります。下記のように入力すると[ハイフン][ハイフン]の箇所がエヌダッシュに変換されます。
例えば、「London ‐‐ Paris 」と入力すると、「London – Paris 」と表示されます。便利ですが、エヌダッシュの前後にスペースが入っているので、範囲の記号としてエヌダッシュを使う場合は、そのスペースを削除する必要があります。「London–Paris」で「ロンドンからパリまで」という表記になります。
[文字/数字][スペース][ハイフン][ハイフン][スペース][文字/数字][スペース]
チルダ「~」を使うと意味が変わる
ティルダを数の前につけると、「おおよそ」「約」という意味になります。
Before a number the tilde can mean “approximately”; “~42” means “approximately 42”.
【訳】数字の前ではチルダは「おおよそ」を意味することがある:「~42」は「約42」という意味になる。
Wikipedia contributors, “Tilde,” Wikipedia, The Free Encyclopedia, (accessed June 14, 2017).(リンク先を新しいウィンドウ/タブで開きます)
先日テレビを観ていて「あれ?」と思ったのが、某国のミサイル施設の衛星写真です。「~31-meters long」とあったからですが、これは「31mまで」という意味ではなく、「約31m」だったんですね。「~」を「おおよそ」(approximately)の意味で使う場合があることを最近まで知りませんでした。
参考: The Hankyoreh: News: North Korea: 38 North
また数学では、桁数が等しい(オーダーが等しい)ことを意味する時に、「~」を使うようです。
2. 単位記号は繰り返さない?
「1943年から2001年まで」なら「1943–2001」、「ロンドンからパリまで」なら「London–Paris」ですが、単位記号がついた場合はどうするべきでしょう。
「エヌダッシュ前後はスペース不要」の原則に従う
例えば「3mから5mまで」をエヌダッシュを使って表示する場合を考えてみましょう。エヌダッシュの前後はスペースを入れませんから(上記1.の2項目め参照)、まず「3から5まで」という範囲をひとつのかたまりととらえて「3–5」という風に作ります。次に、数値と単位の間には必ずスペースを入れますので、「3–5 m」とします。
数値と単語の間のスペースについては、本サイトの「スペース:間が大事」ページをご覧ください。
「%」と「°」は例外
一般的に数値と「%」、数値と「°」の間にはスペースを入れないので、上記とはルールが異なります。
例えば、「17度から48度まで」をエヌダッシュと度の記号を使って英語で表すとします。まず、「17度」「48度」というかたまりを作ります。「17°C」「48°C」という表記になります。次にこれをエヌダッシュでつないで範囲を示します。「17°C–48°C」となります。
また、パーセンテージの場合も同様に、「10%から25%まで」は「10%–25%」と表記します。
『シカゴマニュアル第16版』には、単位の省略形・記号の繰り返しについて以下のような記述があります。
Units for repeated quantities. For expressions including two or more quantities, the abbreviation or symbol is repeated if it is closed up to the number but not if it is separated. …
【訳】数量が繰り返される場合の単位: ふたつ以上の数量を含む表現では、省略形や記号が数字に接している場合はそれを繰り返し、接していない場合は繰り返しません。(以下略)
The Chicago Manual of Style, 16th Edition (Chicago and London: The University of Chicago Press – 2010) (項目9.17の抜粋)
シカゴマニュアルのこの項には、次の4点が例示されています。
- 35%–50%
- 3°C–7°C
- 65⁄8″ × 9″
- 2 × 5 cm
しかし悩ましいことに、オックスフォード・スタイルマニュアルでは、温度の「°」の扱いについてシカゴマニュアルとは異なる考え方をしていて、「17–48°C」としています。
パーセント記号と度の記号については、本サイトの「スペース:割と度し難い?」ページをご覧ください。
SI単位系はエヌダッシュ非推奨
いまでも日常生活ではヤード・ポンド法が主流のアメリカ合衆国内で、国際単位系(SI)の普及に勤めているアメリカ国立標準技術研究所(NIST)は、ダッシュではなく、「to」を使うことを推奨しています。
7.7 Clarity in writing values of quantities
…, this Guide strongly recommends that the word “to” be used to indicate a range of values for a quantity instead of a range dash (that is, a long hyphen) because the dash could be misinterpreted as a minus sign. …
【訳】7.7 量の値の記述における明晰さ
(…前略…)数量の値の範囲を示すためには、範囲のダッシュ(つまり長いハイフン)の代わりに、「to」という語を使うことを、本ガイドでは強く推奨します。なぜならダッシュは誤ってマイナスサインに解釈される可能性があるからです。(以下略)
NIST, “Guide for the Use of the International System of Units (SI) [NIST Special Publication 811 2008 Edition],” (accessed July 12, 2017).(リンク先を新しいウィンドウ/タブで開きます)
数学と同様に共通項をカッコでくくる代替例は、あまりなじみがないですが、以下のような例が記載されています。(NISTの文書からの抜粋なので、非推奨例の「°」「–」のスペースの扱いは、シカゴマニュアルなどのガイドラインとは異なっています。)
NIST非推奨
- 51 × 51 × 25 mm
- 225 to 2400 nm
- 0 °C – 100 °C
- 0 – 5 V
NIST推奨
- 51 mm × 51 mm × 25 mm
- 225 nm to 2400 nm
- (225 to 2400) nm
- 0 °C to 100 °C
- (0 to 100) °C
- 0 V to 5 V
- (0 to 5) V
カタログ制作に長く携わってきた目には「NIST非推奨」の方が自然に見えます。また、単位の繰り返しは煩わしく感じます。確かにマイナスとエヌダッシュとの問題もあるので、範囲は「to」を使って、単位は繰り返さない、という選択もあるのではないでしょうか。
SpecAid試案
- 51 × 51 × 25 mm
- 225–2400 nm または 225 to 2400 nm
- −40°C to −5°C
- 0–5 V または 0 to 5 V
3. できる限りハイフンで代用しない
エヌダッシュを使うべきところでハイフンを使うのは、ワープロの登場以前、タイプライターで英文を入力していた時代の名残だそうです。
ハイフンには範囲を表す機能はありません。ハイフンは本来、単語をつないだり、数字のくぎりをつけるという役割を担っているものです。二つ以上の単語をつないで合成語を作ったり、電話番号やクレジットカードの番号のように数字がつながっているのに区切りをつけて把握しやすくしたりします。
他にも「複合形容詞」を作るなど重要な働きがあり、小さいからといってぞんざいに扱うと危険です。ハイフンの有り無しで意味が変わったりします。
- small animal hospital(小さな動物病院:病院が小さい)
- small–animal hospital(小動物専門の病院)
ハイフンの前後にスペースを入れる
ハイフン本来の用途でないことを示すためにも、ハイフンの前後にスペースを設けるのがいいと考えます。
30 – 70 km
また、ライターがこのような記述をしておけば、後からエヌダッシュに変換する場合に、[スペース][ハイフン][スペース]という組み合わせの箇所のみを「–」で変換すれば良いからです。
このページは2017年7月10日に投稿した内容に対し、7月12日に加筆・修正しました。「2. 単位記号は繰り返さない?」以降を追加しています。
[1] 日本語では、句読点や括弧・引用符・疑問符などの記述記号の総称を「約物」(やくもの)と言います。英語では、エヌダッシュは「句読点」(punctuation marks)のひとつとされていますので、「記号」(symbol)と呼ぶことに違和感を持つ方もいるかもしれません。一方で、ダッシュを句読点とすることに抵抗を覚える方もいるでしょう。とはいえ、「約物」はやや専門用語の度合いが高いため、この項では「記号」としました。
[2] フォントによっては、曲線になっていたり、部分的に太さが変わっていたりするので、このような書き方をしています。ほとんどのフォントでは、直線と言い切ってもいいかもしれない形状です。
[3][5] 「en dash」以外にも「endash」「en-dash」「n dash」などの表記もあります。この「en dash」は米国での呼び方で、英国では「en rule」と呼びます。「rule」は罫線(けいせん)の意味なので、あえて訳すとすれば、さしずめ「エヌ罫」「N線」といった感じでしょうか。
[4] フォントによっては、ハイフンとエヌダッシュの違いに差がなく、Lucida Grandeでは、ハイフンよりもエヌダッシュが短くなっていることがWikipediaで紹介されていました。出典:Wikipedia contributors. “Dash.” Wikipedia, The Free Encyclopedia. Wikipedia, The Free Encyclopedia, 10 Jun. 2017
“Sunday – Monday”じゃなくて”Sunday – Thursday”かと思われます。
お読みいただき誠にありがとうございます。
ご指摘のとおりです。画像を修正いたしました。
お教えいただきたいへん助かりました。
今後ともよろしくお願いいたします。