ズームレンズの拡大率や音声・映像ソースの早送り再生スピードを掛け算記号「×」や、その代替のアルファベット「x」「X」などを使って表します。そのとき、例えば「12倍」は、掛け算記号を前にして「×12」とするのと、掛け算記号を後ろにして「12×」とするのでは、どちらがいいでしょうか。
目次
カメラや顕微鏡・双眼鏡など光学系製品のレンズの拡大率は、「12×」「20x」「100X」などのように数字と掛け算記号の組み合わせで表現されています。また、HDレコーダーや映像・音声再生アプリなどの再生速度も「1.3×」「2×」「1.3×」「×2」などのように表示されることがあります。今回は、この表記について見ていきたいと思います。
1. 光学系製品の例
顕微鏡の対物レンズに倍率が刻印されていますので、その例をいくつか見てみました。また、テキストではどのような表記になっているかも調べてみました。
製品の刻印
下の写真は、「MicrobeHunter」という顕微鏡観察愛好家のサイトに掲載されている顕微鏡の対物レンズです。拡大率が「40×」と製品本体に刻印されています。この製品では掛け算記号を使っています。
【引用元】MicrobeHunter Microscopy Magazine, “About the numbers on the Objective”, http://www.microbehunter.com/about-the-numbers-on-the-objective/ (2017-10-30)
下の写真のオリンパス社製品はアルファベットの小文字の「x」を使っているように見えます。
【引用元】OLYMPUS, “Microscope Development : Meeting the challenge of becoming number one in technology” (2017-10-30)
画像検索でのヒット数は比較的少ないですが、大文字「X」を使った製品もあります。ただ、下の製品では「50X」が品番なのか倍率なのか(あるいはその両方)が判然としません。ニコン社の他の製品の多くでは小文字の「x」が使われています。
【引用元】photomacrography.net, “SOLD : Nikon CF Plan 50X 0.55 inf/- EPI ELWD” (2017-10-30)
テキストの表記
では、テキストでの表記はどうでしょう。
下記は「WikiLectures」というサイトの顕微鏡の倍率に関する説明文の抜粋です。小文字の「x」を使っています。
注意すべき点は、倍率の計算は「10 x 100」と掛け算記号(の代理の小文字エックス)の前後にスペースを入れているのに対し、倍率を表す「1000x」はスペースを入れずにひとつの単語として扱っていることです。
ネット上で調べた範囲では、倍率を表す記述としてこのタイプが一般的のようです。
The eyepiece produces a power of 10x and the objective lens can produce various different powers, so if it were to produce a power of 100x, the final magnification would be 1000x (10 x 100). . . .
【引用元】WikiLectures, “Magnification of optical microscope” (2017-10-30)
次の例は、「Lifewire」というサイトにあるデジタルカメラのズーム倍率の説明の一部です。このように大文字「X」を使うことが光学系のコンテンツでは結構多いようです。
Understanding Zoom Measurement
When looking at specifications for a digital camera, both the optical and digital zoom measurements are listed as a number and an “X,” such as 3X or 10X. A larger number signifies a stronger magnification capability. . . .
【引用元】Lifewire, “Understand Camera Zoom Lenses” (2017-10-30)
米国の「国立生物工学情報センター」(National Center for Biotechnology Information)のサイトの記事には、次のような表記が見られます。「倍率10倍の望遠鏡」「倍率10倍の双眼鏡」という場合に「10×」と掛け算記号が使われています。
. . . . can be accomplished by viewing it through a 10× telescope or a pair of 10× binoculars held in reverse, . . .
【引用元】Lifewire, “Rethinking ADA signage standards for low-vision accessibility” (2017-10-30)
スペックの表記
続いてスペックでの表記例をご紹介します。双眼鏡のスペックをいくつかキャプチャしてみました。
Celestron社のスペックでは小文字の「x」が使われています。スペックでもこのタイプを最も目にします。
【引用元】Celestron, “SkyMaster 15×70 Binocular” (2017-10-30)
同じく小文字の「x」ですが、Vortex Optics社のスペックでは数字との間にスペースが入っています。他の項目で数字と単位の間にスペースが入っているので、「x」も単位と同じ扱いにして揃えたのでしょうか。めずらしい例です。
【引用元】Vortex Optics, “Razor HD 12×50”, http://www.vortexoptics.com/product/vortex-razor-hd-12×50-binocular (2017-10-30)
Alpen Optics社の下記スペックでは大文字の「X」が使われています。
【引用元】Alpen Optics, “Rainier Binoculars” (2017-10-30)
2018年2月に廃業【参考】Alpen Optics says goodbye after 22 years in business” (2018-4-27)
次のスペックは双眼鏡ではなくデジタルカメラのものですが、掛け算記号が使われているのでご紹介します。
【引用元】Ricoh, “RICOH G800 | Digital Cameras | Industrial Products” (2017-10-30)
また、下図は数字と掛け算記号の間にスペースを空けてます。
しかし、よく見ると左端の縦の列と、接眼レンズの倍率「5 ×」「6.4 ×」…とを掛け合わせた表になっています。ですから、「5 ×」は倍率「5×」ではなく、掛け算式「5 × 2」「5 × 2.6」… の前半ということになります。
最初この画像を見たときに勘違いしたのですが、参考までにご紹介します。
【引用元】Backspace does not erase, “Magnification table and butterfly wing scale dimensions” (2017-10-30)
光学系の倍率の表記をまとめると以下のようなパターンになります。
例 | 記号 | スペース |
---|---|---|
12x | 小文字「x」 | 無し |
12 x | 小文字「x」 | 有り |
12X | 大文字「X」 | 無し |
12 X | 大文字「X」 | 有り |
12× | 掛け算記号 | 無し |
12 × | 掛け算記号 | 有り |
2. 再生速度の場合
動画再生アプリやHDレコーダー、少し前だとDVDプレーヤーなどの、再生速度の表記も見てみましょう。
アップル社の動画再生アプリQuickTime Playerの例です。早送りまたは巻き戻しボタンを押して再送速度を変更した時に表示される速度の表記です。数字の後ろに掛け算記号が来ています。(パソコン上でのみ確認)
【引用元】MacTips, “Change the speed of movies in QuickTime Player”, http://www.mactips.info/2012/07/change-the-speed-of-movies-in-quicktime-player (2017-10-30)
動画共有サイト「Vimeo」の再生スピードの設定の仕方を説明しているヘルプページに次の画像が掲載されています。
各モードの意味は次のように説明されています。
0.5x– 0.5 times slower than normal speed
Normal– Default Speed
1.25x– 1.25 times faster than normal speed
1.5x– 1.5 times faster than normal speed
2x– 2 times faster than normal speed
【引用元】Vimeo – Help Center, “Playback Speed Controls” (2017-10-30)
注:現在のヘルプページはこちらです。“Playback speed controls – Help Center” (2022-12-1)
下の図はOverDriveというアプリのヘルプページに掲載されている画像です。
【引用元】OverDrive, “How to change the playback speed using OverDrive’s desktop app” (2017-10-30)
ここには「5x Normal」などの表記がありますが、これは「five times normal (speed)」、つまり「ノーマルスピードの5倍速」という意味です。
このように、「ノーマルスピードの5倍」を表現するときの考え方が、「Normal x 5」ではなく、「5 x Normal」であることがわかります。これが、掛け算記号(または「x」)が数字の後に置かれている理由です。
3. 倍率・倍速の「×」は数字の後ろが一般的
掛け算で「3 × 4」を「three times four」と言いますが、同様に「3回」「3倍」を英語では「three times」と言います。[1]
倍率表記は、この「times」を掛け算記号の「×」に置き換えているので、「12倍」、すなわち「12 times」は「12×」となるのです。
算数的には「×12」ではないのか、と思ったりすることもありますが、倍率・倍速の「×」は数字の後ろが基本と考えて間違いはないでしょう。
では、掛け算記号を使うか、アルファベットを使うか、どちらがいいでしょうか。
確かにアカデミックな分野意外で、掛け算記号「×」を使っている実例は少ないです。また、倍率の表記についてのルールは、スタイルガイドには特に示されていません。
ただ、掛け算や寸法図では掛け算記号「×」を使うことが推奨されています。倍率や倍速の場合も、同じ意味で使っているわけですから、やはり掛け算記号を優先させるのがいいでしょう。
業界やクライアントのガイドラインやルールで指定されていないのであれば、まず掛け算記号「×」を使うことをSpecAidとしてはおすすめします。
[1] 英語圏で「3 × 4」の基本的な考え方を説明するときは、「4の3倍」という考え方をすることが一般的のようです。ただし、式を計算するときは、左から右へ読んで「3 × 4」を「3に4をかけると…」と日本語の場合と同じ流れで考える人も多いようです。ですから、「3 × 4」は、「かける4」だから「times four」で「4倍」となり、倍率も「×4」ではないのか、という考え方もあるかもしれません。実際、その順番で倍率表示をしている例もあります。しかし、光学系の「倍率」を表す場合にその順番はあまり見かけません。
掛け算の順番については、本サイトの「3×4か4×3か」をご覧ください。