重さの単位であるグラムを表す小文字「g」に対して「メガネg」を指定されて面食らったことがあります。海外向けのカタログ制作に長年携わってきましたが、初めて出会った言葉であり、要望でした。一部の業界だけの、しかも私の知る限り日本国内だけの、ローカルルールについてのお話です。
目次
1. メガネg現る!
それを初めて見たのは、クライアントからのメールでした。文字化けかと思いました。読み方もわかりませんでした。
それは「メガネg」。
メールをよく読み返すと、どうやら重さの単位を「メガネg」に変えろ、という指示であることがわかってきました。そうか、「g」はグラムの「g」か。しかし、この「メガネ」とは何だ。「メガネg」は「めがねジー」と読むのか?通常のグラムの「g」とは別に「メガネg」という単位があるのか?
ネットを検索して、Togetterの「小文字”g“で広がった組版プロの方々との会話メモ」にたどり着きました。
そして、初めて知りました。「g」の形状の違いによって、あるタイプを「眼鏡のジー」「めがねジー」と呼んで区別していること。重さの単位の「g」に対して特定の形状を指定する業界があること。
その時は驚きましたが、おかげでいろいろと知識を得ることができました。
2. ふたつの小文字のg
小文字の「g」は、形状のある部分に着目することで、2つのタイプに分けることができます。それは、閉じられた輪がひとつかふたつか、ということです。
下の図は、タイプの違いをいくつかのフォントで比べてみたものです。左側の「ℊ」には輪がふたつあり、右側にはひとつしかありません。
右側の比較的シンプルなタイプの「g」は、サンセリフ体のフォントによく見られます。子供が初めてアルファベットの書き方を覚える時には、こちらの書体を練習するそうです。確かに左側のいわゆる「めがねジー」「ℊ」を手書きするのは難しいですね。特に子供には。
【画像の引用元】https://i.pinimg.com/originals/af/f9/c9/aff9c9eaa0a1ce8013ab73088cbbbc81.png” (2018-05-03)
【画像の引用元】Letterpunch, “Glyph design: how to draw the looptail g” (2017-10-26)
『CreativePro.com』というサイトには次のような記述があります。
The single-story version is the one we learn to write as children and is commonly (but not exclusively) used in handwriting, calligraphy, and many italics. The two-story version is more common in Roman, or upright, typestyles. [. . .]
【訳】「平屋のg」は私たちが子供のころに覚える字で、手書きする時や、カリグラフィ、イタリック体の多くで主に使われます。「2階建てのg」は一般に正体(せいたい、または立体)でよく見られます。(…以下略…)
【参考サイト】CreativePro.com, “TypeTalk: Two-Story Type” (2017-10-26)
輪を二つ持つ「g」を英語では次のように呼びます。
- two-storey g, two-story g(2階建てのg)
- binocular g(双眼鏡のg)
- looptail g(尻尾の丸まったg)
「眼鏡のジー」「めがねジー」というのは、ふたつの輪の「g」のことでした。なるほど眼鏡に見えますね。
3. 数ある単位記号の中で「g」だけ書体を指定するナンセンス
ところで、重さの単位グラムの記号には「2階建てのg」を使うべし、というルールやガイドラインを見つけることはできませんでした。
BIPM(国際度量衡局)やNIST(アメリカ国立標準技術研究所)の資料を見ても、グラム記号だけを特別扱いするような記述はありません。ネット上で検索してもそれらしい情報は得られませんでした。
そもそも、長さや体積・容積・カロリーなど、さまざまな単位記号があるにもかかわらず、重さの記号だけ狙い撃ちで、書体を指定する、という行為はとても奇異に感じます。
なかなか例えが難しいのですが、絞り出してみました。
ひらがなの「ふ」は、フォントによってゴシック体と明朝体でけっこう形が異なっています。下の図では、明朝体が一筆で書いたような形になっているのに対し、ゴシック体では4画になっています。
グラム記号には常に「メガネg」を使え、というのは、バラバラの「ふ」がいやなので、前後がどんなフォントであっても、つながっている方の「ふ」を使え、と言っているのと同じではないでしょうか。
この「メガネg」の話は、のちに落語家に転身した漫才師の「3の倍数と3が付く数字のときだけアホになります」というギャグを連想してしまいます。
いつごろからのルールなのか、その根拠は何なのかについての情報がないので、疑念は抱きつつも否定はしません。しかし、「メガネg」のルールは英語コンテンツには適用しないでください。
さて、2010年のことだったのですが、この「メガネg」の要求があった時、海外向けのツールに関して「メガネg」というのは聞いたことがない、とクライアントにお伝えしました。
下のファイルをお送りして、フォントによって文字の形が違うこと、無理に組み合わせることはできるが視覚的に違和感があること、そしておそらく情報の解釈に誤りがあると思うので根拠としているドキュメントを支給して欲しい旨、をご説明したところ納得していただきました。
右半分が異なるフォントを組み合わせた例です。
この時は、「メガネg」は別の部署からの指示だったため、直接のクライアントの方から「よし、わかった。問い詰めてみる。」と言っていただき、とてもありがたかったです。
関連部署との間で実際にどのようなやりとりがあったのかはわかりませんが、結局、「メガネg」のことは忘れて今のままで行こう、という返事をいただいて、一件落着しました。
BIPM(国際度量衡局)とNIST(アメリカ国立標準技術研究所)については、このサイトの参考資料をご覧ください。
4. パッケージの例
輸入食品のパッケージに印刷されているグラム「g」の例をいくつかご紹介します。
イタリア製トマトの缶詰。
イタリア製パスタの袋。
オーストラリアのマカダミアナッツとマカダミアナッツ入りチョコレート。「g」はフォントによって2階建てだったり平屋だったりします。
ドイツのビスケット。ドイツ語と英語の2ヶ国語表示になっていて、成分表示の小数点がピリオドでなく、ドイツ語式のコンマになっています。
オーストラリアのナッツとチョコレートは、数字と「g」の間にスペースがありません。ドイツのビスケットもオモテ面にはスペースがありませんが、成分表示には数字とグラムの間にスペースがあります。
数字と単位の間にはスペースを入れるのが望ましいのですが、ポンドヤード法とメートル法が混在している英国・米国では、数字とメートル「m」・グラム「g」などSI単位との間にスペースを入れない例が目に付きます。数字と単位の間にスペースについては、本サイトの「スペース:間が大事」をご参照ください。
最後に、とある街角で見かけた「まなざしのg」。