先日あるメディアが「スラッシャー」という新しい言葉について言及していました。どこかひっかかるところがありましたので調べてみました。トンデモ和製英語がまたひとつ増えるのかと思いましたが、そういうわけでもなさそうです。
目次
1. 副業ならぬ「複業」従事者の増加
複数の職業に就いている人が増えていて、彼らは「スラッシャー」と呼ばれている、という報道でした。ひとつの職業を持っていて、それ以外に副業や余技として別の仕事でも報酬を得ている、というのではありません。2つでも3つでも、どれも本業として収入を得ているのです。「副業」ならぬ「複業」というわけです。
すぐに思い浮かぶのが、漫才師/作家、俳優/芸人/画家、登山家/写真家、モデル/デザイナー/社長などです。多少なりとも互いに関係性が感じられるクリエイティブな職業が多いようです。
報道で紹介されていたのは、モデル/キックボクサーという例でした。本人の意識では、どちらかが主というわけではないということです。
最近は、「副業」を認める企業も出てきたりしています。会社から見ると「副業」かもしれませんが、当人からすると「複業」つまり「社員/異なる仕事」の方が適切なケースもあるでしょう。そもそも「会社員」という呼び方が意味をなさなくなるかもしれません。
欧米では、1980〜1990年代に生まれた世代に複数の職業に従事する者が増え、その仕事も互いに関連のない場合もめずらしくないということです。
2. 「スラッシュキャリア」という考え方
アメリカの作家/ジャーナリストのMarci Alboherが2007年に著した『One Person/Multiple Careers: A New Model for Work/Life Success』で広めた言葉が「slash career(スラッシュキャリア)」、そして「slasher(スラッシャー)」です。
One Person/Multiple Careers: A New Model for Work/Life Success : Grand Central Publishing : 洋書 : Amazon.co.jp
たとえば、“lawyer/chef”、“mom/CEO”などのように、複数の職業を持っているひとが、その肩書きをスラッシュ「/」で区切りながら並べることがあります。このことから、従来からの9時5時の仕事だけにこだわらない働き方を「slash career」(スラッシュキャリア)と呼ぶようです。
ファッション誌『ELLE』副編集長の三宅陽子氏はラジオ番組の対談で、「スラッシュキャリア」という言葉を紹介しながら、次のように述べています。
これにより、今まで一つ以上の肩書きがあると「副業」とみなされることが多く、どうしても「副業」という言葉には、経済的に不安定なため行っているというマイナスなイメージがありましたが、スラッシャーという言葉の誕生により、プラスなイメージに払拭されました。
【引用サイト】J-Wave News, 「渡部建がお手本? 現代に増える「スラッシャー」とは」 (2018-7-31)
3. 「私はスラッシャー」は怖すぎる?
このように複数の肩書きを持つ場合は、ハイフン(-)を使って“singer-songwriter”のように表記するのが正しいとされています。辞書の項目にもスラッシュではなくハイフンで掲載されています。それ以前は、“singer and songwriter”と記されていた活動形態が、社会に認知され浸透するにつれ、ハイフンで繋いだ複合語に「格上げ」されたようなものです。
あらゆる人がありとあらゆる組み合わせの兼業をおこなうようになると、どの組み合わせが世間に認知され、どれがまだ浸透してないか、ということを識別するは難しくなるでしょう。ですから、一般的かどうかにかかわらず、複数の職業を「一体感を持たせて」リストアップするのにスラッシュは便利かもしれません。
さて、この「スラッシュキャリア」を持っている人の呼び方には次のようなバリエーションがあります。
- slash worker
- slasher
- slashie
1番目の“slash worker”は素直な表現なのでとくに説明はいらないと思います。
次の“slasher”と“slashie”をGoogle.comで検索してみるおもしろいものが見られます。検索結果を“Images”(画像)に切り替えてみるとどちらも「スラッシュキャリア」とは縁のなさそうな画像で埋め尽くされています。よく探せば“slashie”の方には、わずかながらそれらしきものが見つかります。
辞書で“slasher”を調べてみましょう。『Oxford Dictionaries』には次のように定義されています。
- Any of various tools for cutting wood.
- A horror film, especially one depicting a series of violent murders or assaults by an attacker armed with a knife or razor.
- A sporting competitor who is quick and agile.
【参考サイト】Oxford Dictionaries, “slasher” (2018-7-31)
「スラッシュキャリア」に関連するような定義はありません。拙訳を参照してください。
- 木を切る道具
- ホラー映画。特に、ナイフやカミソリを使った連続殺人・連続暴行を描いたもの。
- すばやく敏捷な競技者
また、“slashie”は権威のある辞書では見出しにさえ採用されていません。
つまり、“slasher”も“slashie”もスラッシュワーカーの意味では主な辞書には取り上げられていません。新しい言葉を辞書が見出しに採用するまでには時間がかかるのが常ですのです。ですから、“slasher”が広まるきっかけになった本が出版されたのが2007年であることを考えれば当然かもしれません。
ところで、“slashie”という単語は、Marci Alboher氏の著書『One Person/Multiple Careers: A New Model for Work/Life Success』が出版される前から、複数の肩書きを持つ人の意味で使われていました。それは、『Zoolander』というコメディ映画です。その作品のなかで“Slashie Award”という賞が、“Actor ‘Slash’ Model”に与えられています。
Originally the term ″slashie″ applied almost exclusively to models-turned-actors. It was made famous in the 2001 film Zoolander, where Fabio was awarded a gong as the year’s best ″actor-slash-model″. But slashies have evolved since then. Some would say they’ve exploded.
【訳】もともと「スラッシー」という言葉は、もっぱらモデル出身の俳優に対して使われていました。その言葉は、2001年の映画『Zoolander』の中で有名になりました。映画ではFabio氏がその年のベスト「俳優スラッシュモデル」として賞を獲得するのです。しかし、それ以降スラッシー達は少しずつ進化してきました。爆発的に増えたという人もいます。
The Sydney Morning Herald, “Rise of the slashies” (2018-7-31)
受賞式シーンはYouTubeで見ることができます。
【参考サイト】YouTube, “You consider me the best actor slash model…and not the other way around.” (2018-7-31)
オーストラリアの『The Courier-Mail』というニュースサイトでは、2011年の記事で“slashie”について述べられています。
. . . . ″They call themselves slashies,″ Salt says.
″It’s a Gen Y phenomenon and term describing someone who, for example, might be an accountant / journalist / blogger.″
Salt says that 20 years ago a slashie would have been called a jack-of-all-trades. . . .
【訳】(…前略…)「彼らは自分たちのことをスラッシーと読んでいます」とSalt氏はいう。
「これはジェネレーションYに起きている現象であり、たとえば、会計士/ジャーナリスト/ブロガーである人のことを表す言葉なのです」
20年前であればスラッシーは何でも屋と呼ばれていただろう、とSalt氏は続けた。
(…以下略…)
The Courier-Mail, “Gen Ys take on multi-faceted careers” (2018-7-31)
同じく2011年には、英国の新聞『The Guardian』のインターナショナル版に“slasher”についての記事があります。
A slasher is not just a type of horror film: since the recession it emerged as a term for the fastest increasing segment of workers in both the UK and the US, the portfolio careerist.
It was coined by Marci Alboher, author of One Person/Multiple Careers in 2007, to describe the ‘slash’ in the job title of someone who is a X/Y/Z – or journalist/web editor/PR, for example. . . .
【訳】スラッシャーというのはホラー映画のことではない。英国と米国で急増している一部の労働者、つまり複業従事者を意味する言葉として、景気が後退して以降に出現した。
『One Person/Multiple Careers』(2007年)の著者Marci Alboher氏による造語で、たとえば「ジャーナリスト/ウェブデザイナー/広報」のように、肩書きに「x/y/z」とスラッシュが入っているひとのことを指している。
(…以下略…)
The Guardian, Guardian Careers, “Graduate job seeking: The rise of the ‘slasher’” (2018-7-31)
もし英語で会話していて、“slasher”が複業従事者の意味で伝わらないとき、“slash worker”、“slashie”は聞いたことがあるか、と言い換えてみると、おぉ、わかってるねぇ、と「意識高い」度がアップするかもしれません。
本サイトの記事「スラッシュ:手抜きのバロメーター?」の「1. スラッシュの大ブレイク」の項にある「Actor Slash Model」のセクションもご覧ください。
ありがとうございます。息子がiPhoneカバーが欲しくて📱スラッシャーのが欲しいといいまして、意味も知らなくて持っていたら
他人に変な誤解を与えるかと、先ずは意味を知らなくてはと思い、ググってみました。
コメントありがとうございます。お礼が遅くなり失礼しました。iPhoneカバーのスラッシャーですか。検索してみました。ストリートファッションのブランド「Thrasher」のことでしょうか。知りませんでした。勉強になります。今後ともよろしくお願いいたします。